あらやだ♡

さて、主人が家に居る日曜日

朝からご機嫌でテレビを見ていた太郎がいきなり叫び始める。
さぁ来たぞ。
荒れる一瞬前だ。

それまで散々相手をしていた私は、太郎の声を背に受けながら無言で主人の部屋に入る。

休日の一時。
日々お疲れの主人にとっては本当にリラックス出来る時間だろう。
ゆっくりさせてあげたいな、とは思っている。いや本当に。


ただ、狭い家の中。
当然主人にも太郎の声が聞こえているはずだ。

静かに部屋に入り、静かに座る。
その静かさが無言の圧力。

それまでご機嫌でネットサーフィンをしていた主人はいたたまれなくなるのか、立ち上がり太郎の側へ。
主人の登場に太郎のトーンも下がる。

家の中に再び訪れる静寂。

その後しばらく私は主人の部屋で1人で過ごす。
次は私がネットサーフィン。
癒される動画を観たり、好きな音楽を聞いたり。

しばらくして太郎のところに行くと、太郎好みのDVDではなく、主人が見たい番組を仕方なしに一緒に見ている太郎。

私を見つけたその表情に
《何とかして貰えませんか》
と書いてあり、ちょっと笑ってしまう。


せっかくの休み。
ゆっくりさせてあげたい。

でも私にしてみれば、日曜日はかえって用事が増える。
私だって1週間頑張ったんだよ。
私だってゆっくりしたいさ。


無言の圧力は私からのせめてもの訴えだ。


痛み分け、しませんか?

って言うより



パソコンばっかり相手にしてんじゃねーよっ(ㆆ_ㆆ)



あらやだ♡私ったら♡







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by ganbaru-okan | 2018-09-30 23:00 | 色々思う事 | Comments(4)

(´:ω:`)

用事があって久しぶりに太郎の学校に足を運んだ。

太郎は大張り切りで授業を受けている。
私を見つけて
《ママー!褒めてー!》
《ママー!応援してー!》
と休む間もなく喋っていた。
本当にどこに居てもうるさいな(¯∇¯٥)

でもやはり学校での太郎の表情は家とは違い、ちゃんと外の顔だった。
その使い分けは素晴らしいと思う。

太郎の学校には小学部から高等部まで全てが同じ敷地内にある。
太郎の教室に行く前に、たまたま中学の時の先生に会った。

先生は会うなり
《お母さん!この間たっくんがね!》
と中学部の時に先生方が努力して下さるものの太郎が出来なかったことを、先日皆の前で太郎がすんなり出来た姿を見て感動しましたと話して下さった。
場所か場所なら(感動して)泣いていました、と。

太郎のことを嬉しそうに話して下さる先生のその表情に私の心が温かくなる。

その後も同じく中学部の時の先生方が次々と私に声をかけ、皆一様に同じ話をして下さった。

どの先生も本当に嬉しそうな表情で、何故か私はちょっと泣きそうになる。

先生方にしてみれば、太郎は卒業させた生徒の一人にすぎない。
なのに先生方の中で未だに太郎の成長を発見し喜んでくれる、その気持ちが私は本当に本当に嬉しかった。



正直に言うと、しばらく学校には行かないつもりでいた。
学校に行って色々なことを見聞きしてしまうとちょっとモヤモヤするからだ。

高等部に入って半年。
色々な事があった。
自分の胸の内を先生方にきちんと伝えたこともある。
けれどもそれ以上、それを口にすることは更に気力が必要となる。

とても好きな先生にはちょこちょこと愚痴を聞いて頂いていたものの、先生自身も今年は精神的にも本当にハードだろうなと思うと申し訳なくなり、あまり言うまいと思っていた。

高等部の先生方は先生方なりに懸命に生徒と向き合い考えてくれているのだろうということに異論は唱えないし、唱えるべきではないなとも思う。
日々太郎がお世話になっていることに当然心からの感謝もある。

だがしかし。
私は未だに何かがしっくりこない。
しっくりこない原因を考えそれを先生に伝えて一緒に擦り合わせをし、共に解決していく作業をしようとも思えない自分もいる。

太郎はご機嫌で学校に行き楽しく過ごしているようなので、もうそれでいいかと思っていた。


そんな中での中学部の先生方の心からの笑顔。
あまりにも懐かしくて温かくて、本当に泣きそうになった。
誰かの優しさが胸に染みるとはこういうことなのだと思った。


ありがとうございます、先生方。
感謝すると共に、心からの

大好き(´:ω:`)

を。


あの時代があったことに感謝しなければならない。
本当にあの時、あの先生方に巡り合わせて貰えたのは太郎にとっても私にとっても奇跡だと心から思う。

久しぶりに温かい気持ちにさせて頂けた。

ありがとうございました(´:ω:`)














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by ganbaru-okan | 2018-09-28 17:00 | 色々思う事 | Comments(2)

不意討ちのご褒美

例の作戦開始以降の太郎。

帰宅時は荒れることが減り、なかなか良い日々が続いている。
本当に素晴らしい。
太郎が荒れないだけでも私のストレスメーターの上がり具合は随分緩やかになる。

だがそこはやはり太郎なので、成功率は100%かと問われると当然100%ではない。

帰ってきてしばらくは落ち着いていたのに急に荒れ始めたりもする。
それは私にとってはジェットコースターに乗るよりもスリリングだということだ。

昨日もそうだった。

帰ってきてしばらくは落ち着いていたのに、何かのキッカケで荒れ始めた。
このまままた30分コースかとうんざりしながら、荒れている太郎に何気なく話しかけてみた。

学校のこと、デイのこと。

しばらくイライラしていた彼が少しずつゆっくりと落ち着いていくのを内心意外に思いながらも、私はそのまま話を続けた。

その内に落ち着いている時の太郎の表情になり、笑顔も見え始める。

そしてそのまま落ち着いて夕食を終えることが出来た。


今までを思うと何だか彼の成長を見た気がして、少し驚く。


いや、でも太郎だしな。
たまたま、本当に偶然だったのかも。


疑り深い私は驚きつつもそう思う。
この一回では何もわからん、と自分に言う。


そして今日も。


今日はヘルパーさんと入浴の日だった。
入浴中時折イライラした言動もあり、そもそも帰ってきた時の表情がちょっと険しかったので《荒れるかな》と思っていた。

案の定ヘルパーさんが帰った後、荒れ始める。

《あーあ》

と内心で思いながらしばらくは様子を見ていたが、そんな自分自身に太郎は益々ヒートアップしていく。

半ば諦めの気持ちで、そんな彼の隣に座り私はまた話しかけてみる。

《今日も体育大会の練習してきたん?》
《デイの○○さんは来てた?お友達の○○ちゃんは?》

イライラの合間に私の声が太郎の耳に入っていくのを感じた。
イライラしながらも、確かに今、彼は私の言葉を聞いている。


すると彼はやっぱり段々落ち着いてきたのだ。


明らかに、少しずつでも太郎は変わってきていると確信する。


まだまだ行きつ戻りつだとは思うけれど、少し前まではそんな状況の時に私の声は彼には全く届かなかったことを思うとその変化は本当に凄い。

そんな不意討ちのような感動的な瞬間は、今の私へのご褒美になる。

俺も頑張るし!
だからおかんも頑張りや!

と太郎に言われたような気がした。























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by ganbaru-okan | 2018-09-27 21:15 | 思春期との闘い | Comments(3)

相棒

我が家は車を2台所有している。
その理由は先ずは太郎だ。
通院やその他、彼の移動には車が必須になる。

そして主人の通勤にも車が必要だし、花子の武道の送迎や母や私の通院にも2台の車は日々大活躍してくれている。


ここから先は、あくまでも我が家の話ですが。

車は走れたらいい、車は物であるという意見を否定はしない。
その人にとってはそうなのだろうと思う。
けれども少なくとも私にとっての車は相棒である。
初めて自分の車を買った日から、そこだけは変わらない。
大切にしてやればちゃんと気持ちは通じていると思っている。

大切にしてやると聞くと
《もしかして昔流行った土禁とか?》
と思われる方もおられるだろうが、そういう大事にするという意味ではない。

車はあくまでも車。
当たり前に靴を履いたまま乗るものだ。
気が付かない内についてしまう多少の傷も仕方ない。

けれど、当たり前だが例えばちゃんとメンテナンスをするとか、心を込めて洗車するとか。
そういう大事にするという意味だ。

まだ花子がお腹に居た時。
それまで乗っていた車が寿命を迎え、主人が次の車を買ってくれた。
私はとても嬉しかったのだが、初めてその車の運転席に座った時に
《……あれ?》
と違和感があった。
その違和感が何なのか私自身にも分からないまま、購入の契約をする主人を見ていた。
その時私は違和感を主人には言わなかった。
何より《車を買ってやろう》という気持ちが嬉しかったから。

それからその車に乗り始めた。さすがによく走るし、快適だ。
けれども何と言うのか、何度乗ってもしっくりこない。
何故だろう。

ところが詳細は省くが、その車に乗り始めて一月程でディーラー側のアクシデントにより次の車が我が家にやってきた。

次にやってきたその車の運転席に座った瞬間
《あぁ!この子だ!》
と思ったのだ。
初めて座ったのに本当にしっくりきた。
この子に出会う為の前の車だったのか。

それから数年の間、その車は頑張ってくれた。
太郎や花子を乗せ、毎日走ってくれた。

太郎の成長と共に次の車に乗り換えた。
乗り換えたその車とも出会った瞬間
《あ、この子》
と思った。

何度も言うが、私にとっての車は相棒である。
私達の命を預ける大切な家族の一員だと思っている。


そしてそれと同じように、太郎の車椅子も太郎の大切な相棒である。

車椅子を新調する時は太郎の身体に合うように、そして介助者の利便性も考えながら業者さんと車椅子本体の色や座席部分の色や素材、シート部分の高さ、その他太郎に必要なベルト類などの打ち合わせをする。
業者さんはさすがに専門家なので1質問をすれば10の答えを用意してくれる。そしてその中から今の太郎に必要であろうと思われる提案もしてくれる。
その後しばらくしてからの仮合わせを経てやっと我が家にやってくる。

介助者にとってみればただの車椅子だ。
ただ太郎が座り、太郎の移動の為の道具なのだ。

けれどもそれを作る時、必ずそこには親の希望と業者さんの熱意がある。何より1日の大半を太郎はその車椅子に乗って過ごす。

だからこそ、稀にではあってもその車椅子が他者にぞんざいに扱われているのを見ると本当に悲しくなる。

大袈裟に大事にしてくれ、とは思わない。
けれどもやっぱり大切に扱って欲しい気持ちは否めない。


私は相棒は大切にしたい。
ただそれだけのことなのだけど。
























 
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by ganbaru-okan | 2018-09-26 19:55 | 色々思う事 | Comments(2)

美味しい音聞かせて♡

子供たちが小さかった頃。

太郎も今ほどは食べる勢いもなく、花子に至っては好き嫌いが多い上に本当に食が細かった。
そんな二人に何とかして食べさせたいとあの手この手を使っていたのも懐かしい思い出だ。

さっき太郎に夕食を食べさせながら、本当にいきなり思い出した。

楽しく食事をしつつ、まだまだ子供だった二人が互いに競えるように私が考えた作戦は
《美味しい音聞かせて♡作戦》
だった。

何のことはない。
 ただ食べている太郎や花子に
《美味しい音聞かせて♡》 
と言いながら彼らの口元に私の耳を持っていき、その咀嚼音を聞いて
《うわっ♡美味しい音や♡》
と大袈裟に言ってやる、というそれだけなのだが。
私がそう言うのを聞いた二人は本当に嬉しそうに笑っていたものだ。

この作戦は意外にも効果を発揮し、太郎の音を聞いていると、花子が
《花子も!》
と言いながら苦手な野菜を自分で口に入れるということもあったし、太郎も何度もそれをせがんだ。

お互いのライバル意識を引き出しつつ、何だかついつい食べてしまうという願ったり叶ったりの作戦だった。
我ながら素晴らしい。
何より元手もかからない。

それをさっき本当にいきなり思い出し、早速太郎に言ってみた。

《太郎、美味しい音聞かせて♡》

高校生になった息子に美味しい音聞かせて♡もないなぁとは思ったが、そう言われた太郎はニターッと笑いながら音を聞かせてくれたのだ。 
大袈裟に反応してやると大喜びだった。

へぇー。まだ使えるのか、この作戦。
というより太郎はこれを覚えていたのだ、ということに驚いた。

その光景をちょっと笑いながら見ていた花子に
《覚えてる?》
と聞くと
《覚えてるで。花子らが小さい時、ママそれよくやってたよなぁー》
と言いながら
《でも今になってみたら、ちょっとあかんやつ(咀嚼音を強調させて食べるから)やん、それ》
と笑っていた。


懐かしいような、何だか切ないような、変な気持ちになった。
















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by ganbaru-okan | 2018-09-25 20:00 | 色々思う事 | Comments(6)

ノストラダムスの大予言

昔、ノストラダムスの大予言が流行った時期がある。世界が滅亡するというあれだ。

その頃まだ私は小学生だったと思うが、1999年なんて先の事過ぎて想像もつかなかった。

1999年に自分が果たして幾つなのかと数えてみたら31歳(そう、私は1968年生まれ)で、世間を知らない小学生の私は
《えー、めっちゃおばさんやん。そんなおばさんやったら、世界が滅亡してももういいか》
と思った記憶がある。
おばさんやったら何がどういいと思ったのかは忘れたけれど。
少なくとも小学生の私には31歳は立派なおばさんだったのだ。

そもそも31歳がおばさんとか、その時の私を目の前にこんこんと説教をしてやりたいものだが(۳˚Д˚)۳
おばさんどころか、そこから更に20年先にはアンタは紛れもなく立派なおっさんになってるぞ(  ・᷄ὢ・᷅  )

滅亡するはずの1999年は何事もなく過ぎ、私はいつの間にか太郎と花子を抱え来年は2019年を迎える。

1999年に滅亡した筈の地球で今年50歳になった自分が支援学校に通う高校生の息子と日々格闘しているなんて、小学生の私には想像もつかなかった。
当たり前か。
まさかそんなハードな人生は、想像も出来ない。

50歳。
昔なら《姥捨て山》の対象者だなとこの間ふと思った。
姥捨て山(-∀-`; )
凄い響きだな。

そう言えば、初めて楢山節孝を読んだ時は、なかなかに衝撃的だったし色々と考えさせられた。
世が世なら、自分はもうその対象者となる年齢なのかと思うとちょっと愕然とする。

つくづくと歳をとったのだなぁと思う。

歳を重ねて自分が円熟した実感もないし、逆に《50にもなってこれか》と思うことの方が多い。

太郎は小学校高学年の頃からニキビが凄かった。
もうまさしく《顔面ニキビ》状態で洗顔に気をつけても薬を塗っても治らない。
見た目が顔面ニキビなので、イケメン(はい、親バカ:笑)が台無しだった。
このままずっとニキビが出続けるのかと心配していたが、いつの間にかニキビは減り、最近は肌が綺麗になってきている。
その数年の間、きっと太郎の身体の中ではホルモンが大活躍だったのだろう。
とすれば、この数年で太郎の身体は明らかに成熟しつつあるということだ。

今から10年後の太郎は26歳。
花子は24歳。

彼らはどんな風に成長し、どんな人生を送っているんだろう。

そして私は今よりは落ち着き、円熟しているのだろうか。
今の自分を振り返り《あの頃は本当にしんどかったけど、頑張ったなぁ》と思えているのだろうか。
10年経っても同じような気がするし、せめて現状とは違っていて欲しいと切望もしている。

何だか急にノストラダムスと楢山節孝を思い出して、書いてみた。
文章がまとまらず、残念(¯∇¯٥)































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by ganbaru-okan | 2018-09-25 10:50 | 色々思う事 | Comments(4)

ちょっと長くなるが。

ある日武道の練習を終えた花子がプリプリしながら車に戻ってきたと同時に《ちょっと聞いて》と怒涛の勢いで話始めた。

花子の習う武道ではわかりやすく言うと《ペア》が必要になることがある。
今まで組んでいたそのペアを変えるからと先生が言ってきたとのことだった。

花子が今まで組んでいたA子ちゃんは花子と同学年。
対して次に組むB子ちゃんは1学年下の子だ。
そして花子とのペアを解消して、A子ちゃんが組むのは1学年上のC男君になるとのことだった。
そしてC男君はとても上手い子でもある。

花子にしてみれば自分はB子ちゃん、なのにA子ちゃんはC男君とペアになる事が甚だ理不尽に感じたようで

《なんでA子ちゃんは優遇されるん?》
《B子ちゃんは悪い子じゃないけど、練習に集中してくれへん。いつも先生に注意されてんのに。》
《なんか花子のこと嫌いなんかなぁ、先生。》

と全く納得はしていないようだった。
聞くとその事に対して、先生からの説明もなかったようだ。

そりゃ納得出来んわなぁと思いながら

《でもな、きっと先生は先生なりにちゃんとした考えがあってのことやと思うよ。聞いてみたら?》

と言っても花子はもう

《A子ちゃんだけ優遇されている。花子は先生に嫌われてるのだ》

と、頑なになっていた。

こりゃ困ったなぁと思いながら、それからしばらくは練習の度に花子から愚痴を聞かされる日々だった。
納得出来ないままの練習は花子にとって面白くはないだろう。
けれどもそうであるならば何故自分で先生に聞いてみないのかと何度も言うが、花子は頑なさを増していく。

どう言葉をかけるのが適切なのかと色々考えてはみるものの、そこで親が出るのは違うと思うし結局のところは花子自身の問題だしなぁといつも思考はストップしてしまう。

そんなある日、ちょっとした用事で車で待っている私のところに先生が来られた。
最初は全然別の話をしていたのだが、その内に先生の方から今回の件についての話をして下さった。
花子ちゃんには言っていませんが、と前置きされてから。

結論で言うと、先生は花子に下の子をもっと引き上げて欲しいと思っておられるようだ。
なので(他にもC男君や他の子のことで理由もあったようだけど)とりあえず今回はそのペアにしてみましたという事と、花子とA子ちゃんペアの弱点もさすがにズバリと指摘された。
それはまったくもってその通り。私もそう思っていた。
当たり前だが、さすが先生だなぁと思う。
今回一度離れてみてそれでも二人(花子とA子ちゃん)がやっぱり一緒にやりたいと思うのならばまた戻ればいいと思いますと言われた。

そして、花子ちゃんは本当に上手くなりました。ここに来はじめた頃とは比べ物にならないくらいに上達していますと言って下さる。

勿論花子の頑張りもある。
けれどもやはり、その上達は先生のお陰に他ならない。

先生の話の根底に流れるそれぞれの子供達への深い愛情を感じる。
そして話を聞きながら、これはきちんと花子に話をしてやるべきだなと思った。

その後練習から戻ってきた花子に何故ペアを変えたのか、先生の言葉の通りに説明した。

花子はその話を黙って聞き
《あぁ、そういうことなんか…》
と素直に納得した。
あれだけ頑なだったのに、本当に素直に納得出来たようだ。

その花子に

《置かれた場所で咲きなさい、という言葉があるよな。自分が思い描くようにならなかったとしても、そこに置かれたのなら一生懸命やってみるべきちゃう?》

と言った。

《それから、自分が納得出来ないことは、きちんと何故なのか説明してもらうことを厭わない人間になりなさい。
少なくとも自分がやりたいと思うこと、やらねばならないことに対してのそういう姿勢はとても大切やと思うよ。
説明を求めることは文句を言ったり喧嘩をすることとは違うからね》

と静かに言うと、小さな声で《うん》と返事をする。

それ以降、花子の口から愚痴は出てこなくなった。
花子なりにB子ちゃんとの練習に前向きに取り組んでいるようだ。


自分なりの思いがあり自分なりに努力もしてきたという自負の中で、ある種頑なになってしまうのは大人も中学生も変わらないと思う。

けれども今回のことは花子にとってはとても良い勉強になった。
目に見える部分だけで判断してはいけないことも、先生を信頼するということも。

置かれた場所で花子なりに根を張ってくれたらいいなと願う。

私も置かれた場所で咲きたい。
根腐れしそうなこの頃だけれどさ(¯∇¯٥)











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by ganbaru-okan | 2018-09-23 17:20 | 花子のこと | Comments(2)

挙動不審って何?

さて。
例のごとく武道の送迎の車内は私と花子の貴重な時間だ。
他愛もない話や、学校の話などでずーっと喋っている。
つくづくと女の子は話が好きだなぁと思う。

昨日もそうだった。
もうすぐ体育大会があるのでその練習の時にあった出来事を楽しそうに話していた花子。
《でさぁ、そん時に◯◯が超挙動不審でさぁ!》
と言った花子に普通に相槌をうっていた私に、いきなり花子が言った。

《今、花子、話の流れで挙動不審って言ったけどさ、挙動不審って何?》



…話の流れで言ったものの挙動不審って何って、なにっっ( ŏㅁŏ;)


…いや本当に大丈夫か?中学2年生(´ω`;)


そう言いながらも聞いてきたことには答えたい。


《あんな。例えばな、自分が覚醒剤を持ってたとします。覚醒剤を持っていることが周囲の誰かに分かってしまったら捕まることくらいは、いくら覚醒剤をやっててもわかるのでなにがなんでも隠したい訳です。
するとそこにたまたま通りかかった警察官を見た自分は内心非常に焦ります。
でも焦っていることがバレたら自分が捕まるので何とか普通にしようと思うんですが、いかんせん心にやましさがあるので気持ちとは裏腹に変に目をそらしたり余計な行動をしたりしてしまいます。
すると警察官は非常に敏感なのでその一瞬の動きを見逃さず、すかさず声をかけてきます。でも覚醒剤があることをばれたくないあまりに、その時無意識に、でも更に落ち着きのない変な言動をしてしまう訳ですよ。
その行動こそが挙動不審な訳ですな》

と言うと、花子が

《覚醒剤持ってるからやん!
覚醒剤なんか持たんかったらええやん!》

と言った(-∀-`; )

《いやまぁ、それはその通り!覚醒剤なんか持ってるからなんやけれどもな。
…でも今の話、そこが問題な訳ではないやろ(ㆆ_ㆆ)》

と言うと花子がケラケラ笑う。

《あー、わかった!何かやましいことがあってそれを隠したいから落ち着かんような変な動きをしてしまうってことでやろ?》

そうだ。そういうことだよ。

《でもさぁ、ママ。中2に説明する時に覚醒剤を出してくるあたりがほんまにママやわー。ママっぽいわー。》

と妙なところで納得された。

でも挙動不審を理解出来たんなら、それでいいじゃんと思う。
例え話が覚醒剤であったとしても。

…あれ?(¯∇¯٥)










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by ganbaru-okan | 2018-09-21 11:00 | 花子のこと | Comments(6)

待ってる♡

先日から開始された帰宅時の太郎への作戦は今尚継続中である。
そして素晴らしく成果を上げている。

毎度毎度、職員さんと帰ってきた太郎に
《先に言っとくけど、後で◯◯さん(職員さん)とママはお話せなあかんからなー!》
と言っているが、最近は太郎の方から
《…お話?》
と言うようになった。
そうお母さんとちょっとお話あるねん。だから待っててな、と職員さんもさりげなく話を合わせてくれるので太郎にとってみればある意味
《帰ったらママはお話》
が定着したようだ。

じゃーねー、と太郎の居る部屋から出て一旦外に出るふりをしながら私は玄関でこっそりと学校の連絡帳やらデイの連絡帳を読むことにしている。

今の作戦を実行する前は先ずは何より太郎のことを済ませてしまい、それからバタバタと色んなことをするので連絡帳を読むのが夜の23時とかだったりもした。
だいたい連絡帳には当たり前だがその日の太郎の体調だったり大切なことが書かれているのに、読むのが23時は親としてまずかろう。

なので今はそういう意味で助かってもいる。
連絡帳を読めば太郎に学校やデイでの色んな会話も振れるし。
おまけにその時間で太郎が落ち着くのならば本当に一石二鳥なのだ。

どうしても場面の切り替えの時、太郎自身が気持ちを切り替える時間はやはり必要だったのに私はそこに気付けなかった。
一旦離れてみませんか、という職員さんの提案は正に的を射ていたのだ。

では花子はどうだ。
彼女は家のドアを開けた瞬間に気持ちを切り替えているか。

答えは否だ。
やっぱり彼女は彼女なりに1日のあれこれを抱えたままドアを開ける。
そしてしばらくは携帯を触ったりテレビを観ながら気持ちを切り替え、家モード、もしくは塾や武道モードにしているんだなと最近花子を観察していて気付いた。

主人にしても同じく。
そう思うと人間誰しも同じなのだろう。

かくゆう私。
私は最近全く切り替えが出来ていない。
なので太郎や花子のことは偉そうに言えないなと反省。

普段何気なくしていることは、じっくり考えると割とハードルが高いことが多いなと思う。

《ママが気持ちを切り替える為に1週間くらい、静かで最高な温泉宿に行かせてあげよう》

と誰かが言い出してくれる日を待っている、永遠に(¯∇¯٥)












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by ganbaru-okan | 2018-09-20 11:00 | 色々思う事 | Comments(6)

人にやさしくする前に…

昨夜の夕食時。
太郎が食べ終わっても部屋から出てこない花子。

内心は《早く夕飯終わらせろよ(ㆆ_ㆆ)》と思いながらしばらく待っていた。
その後部屋から出てきた花子が《ご飯食べるわ》と言うので準備をし、花子が席についたと同時に私は太郎の薬を飲ませに席を立った。


しばらくして戻ると花子が
《…なぁ…》
と言う。
《何?》
と聞き返すと花子が黙ってテーブルを指差しながら
《ママ、大丈夫?》
と言う。

その指差した方向を見たら花子の前に揃えたお箸が片方ずつ別の物、しかも片方は黒、もう片方は赤のお箸だったのだ。

どうやったら間違えるんだ、これ。

ちょっと本当に唖然とした、我ながら(¯∇¯٥)


花子が
《…なぁ、ママ、疲れてるんちゃう?大丈夫?》
と凄く憐れんだ表情で私を見た。


そうなんだよ、きっと私は疲れてるんだよ。

先日、よりにもよって主人の大切な愛車を擦ってしまった。
もう落ち込むなんて言葉では言い表せないくらいに落ち込んだ。

ボーッとしてるんだろうなぁ、私。

太郎を目の前にして自分が一体ここに何をしに来たのかが本当にわからなくなる瞬間がある。

あれ?薬?
いや違うな。
…何だっけ。

そう思いながらも頭はちっとも働かない。

日曜日に家族が揃い皆が私にあれこれと用事を言ってくることがもうたまらなく嫌だと思ってしまう。
だからといって引きこもる訳にもいかず淡々とこなしている。
でももう内心は嫌で嫌でたまらない。

だけど全てを放り出して休む訳にはいかない。


最近は私のお決まりの応援歌《人にやさしく》をエンドレスで聞いている。

人にやさしくする前に先ずは自分だろ、と思ったリもしながら。





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by ganbaru-okan | 2018-09-18 17:00 | 色々思う事 | Comments(5)