改めて…

カウンターの間違いでなければこの頃このblogを沢山の方が読んで下さっているようです。
皆様には心から感謝申し上げます。

日々思うことを書きなぐっているだけで皆様にとって有益な情報は皆無だと思われるのに(いや本当に:笑)それでも読んで下さっている方々がいて下さるという事実が今の私にとっては支えになっています。

色々と書きますが私はまだまだ人間として未熟であり、子育ても暗中模索です。

今はここには書かない色々な問題での葛藤を抱え、本当にそれで良いのか、本当に間違ってはいないのかと日々頭がぐるぐるしています。

きっと時間がかかるであろう色々な問題を、まだまだ一つずつ、ほんの少しずつ頑張らないといけないのだなぁと遠い目をする毎日。

太郎や花子のことを色々と書きますが、子育てに正解はないよな、と思います。
太郎や花子に対する私の対応はあくまでも太郎や花子に対してはそれが良いだろうと思うことです。
勿論迷いもあり、後悔することもあります。
寝る前に『今日はごめんな』と子供たちに謝ることもあります。
けれど子育ては待ったなし。
老体に鞭打って過ごす毎日です。


先日、それまであまり深くお話をしなかった知り合いのお母さんからLINEを貰いました。
私が太郎のことを話すのを聞きながら

《あぁ、自分だけがしんどいのではなかった》

とちょっと安堵したと書いてありました。

そのお母さんのLINEの文面から本当に疲れてるんだと言う心の叫びが聞こえた気がして、私は思わずお母さん繋がりには話をしていなかった太郎の荒れや私の葛藤を書き連ねた返事を書きました。

大丈夫。
一緒に頑張ろう。

私のその返事を読んで

《号泣してしまった。太郎君やママを見てたのに、全然それを感じなかった》

と書いてありました。

太郎のことは世間話で誰かに話せる程私の中では軽い問題ではなかったし、本当にしんどいことは誰にでもは言わない私の性格も関係すると思います。

でも突き動かされたようにそのお母さんにはありのままを書きました。

私も含め本当に人のことは見えないし、わからないのだと思います。


それぞれの子供たちはそれぞれに成長も違います。
抱える問題も、それぞれが違うものです。


ただ。

私は色々な方のblogを読ませて頂く中で事柄は違えど母として共感出来る事や、心から応援したくなる事、そして実際にお会いした事はなくてもblogを通して知り合えた最大限に頑張っているお母さん達から勇気や力を貰いました。
今現在太郎や花子を取り巻く方々からも本当に勇気や力を貰いました。


私のblogを読み、ほんの少しでも
『ここにも頑張ってる奴が居るんだな』
と思って頂けたらそれだけでいいなと思います。
おかんってアホやな、と思って頂いても
大丈夫です。
じたばたしている私の姿が誰かの安心感に繋がるのなら、いくらでも書きます。


今、子育てやその他のことで疲れている方へ。

私も頑張ります。
だから、あまり無理をせず、一緒に少しずつ頑張りましょう。

私が頂いた勇気や力を皆様と分け合えたらと日々思っています。

これからもよろしくお願いします。






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by ganbaru-okan | 2018-02-28 20:05 | 色々思う事 | Comments(0)

結婚して子供が生まれると自ずと父親・母親になる。
だからどうした!と思われたでしょう?
まぁ落ち着いて聞いて頂きたい。

私は母親なので母親目線の話しか出来ないとお断りした上で。

先日、とある場面で数人の前で太郎の話をすることがあった。
内容をぼかすので分かりにくくて申し訳ないが、その中で私の主人が私に対して言ったことを聞いた他の人が

『すごいなー!パパさんっ!そんなんうちの旦那絶対言わんで!』  

と言い始める。
そこからしばらくは各自の旦那さんの悪口大会だった。

『うちの旦那もそんなパパやったらいいのに!』

と言われる度に


『馬鹿を言っちゃいけねぇよっ(ㅍ_ㅍ)』


と心の中で言い返していたのは、そう、私だ。

何度も書いて申し訳ないが、我が家は一応基本的に亭主関白(かのように振る舞っている、私が:笑)家庭である。
彼はどちらかというと思考が昭和だし、女に上から物を言われたり偉そうな物言いは許せないタイプだ。
なので勿論子供たちの重要なことは一応相談(する振りを)しながら、一応なるべく彼の意見を尊重するし、花子なんて何かのお願い事はパパが最後の砦になっているのでそういう意味では一応抑止力にもなる。
太郎を運ぶ時もあくまでも私が旦那に対して下手に出ながら『ありがとー!ほんっまに助かる!』と一応笑顔で言いまくるのだ。


上記の文章で一応、という言葉を何度も使った。


何故か。


だってその方が何かと都合がいいしねっ(๑˃́ꇴ˂̀๑)


旦那の自尊心をくすぐり、旦那を良い気持ちにさせ、旦那に自分はこんなにも大切にされてる、と思って頂ける。
そう思って頂けると私は何かと都合が良いではないか(๑˃́ꇴ˂̀๑)

太郎の障害が判明してから彼自身が本当の意味でその現実を受け止めるまでには私よりも随分時間がかかったようだ。
現実的に育児をする母親と違い父親は頭で考えるからね。
まぁそれは仕方ない。

だが彼自身、それを受け入れた後でもやはり考え方と言うか物事の捉え方は私とは大きく違う部分もあった。
まぁそれも仕方なかろう。

でも二人の考え方にあまりにも開きがあると、誰が困るって現実的に毎日育児をする私な訳だ。

例えば私としては、太郎にとってはAの方が適切だと思うことを旦那に聞くと、彼はBと言う。
それは何故か?と問うと頭で考えた答えが返ってくるのだ。

そうよね、頭で考えたらそうよね。
でもさ、頭で考えるだけじゃ困るのよ、何も始まらないの、私は( ¯−¯٥)

ってこと、あるよね?
割と多々あるよね?
あれ?我が家だけ?( ¯−¯٥)

そうなると
『彼の答えを何とかしてAにもっていきたい。
いや、何としてでもAに変えなければ私が困るっ!( •̀ㅁ•́;)』
というある種の使命感すら感じる。


そこで私は作戦を練る。
どんな風に話を切り出すか、それはどんな時が最適か、どんな流れでどんな言葉を繋げ、どんな風に表現するべきか。

そして適切な時を見逃さず、話を切り出す。
適切な時とは彼の機嫌が良く、彼があまり疲れていない時だよ。

そして私は勝利を手にする。
いや、勝利なのかどうかは別にして。


…と、我が家はそんな風に歴史を重ねてきた。

その積み重ねの結果、有り体に言えば既にある意味軽く私にマインドコントロールされているのかもしれない、旦那は。
もしかしたら一緒に過ごす年月が長くなってくると自然に似てくるのかもしれないが。


面倒くさっ( ¯−¯٥)
と思われたそこのあなたっ!


その通り、面倒くさい。
あぁ、面倒くさいとも。

だけど物事考えようだしな。
死ぬほど面倒くさくとも、正面から行って玉砕するくらいなら後はもう作戦あるのみだ。

そんなことの積み重ねで今がある。

それが良いのか悪いのかはわからないし、別にどっちでもいい。

ただ言えることは今となっては闇の実権は私が握っている。

あくまでも一応亭主関白なのでそこんとこの匙加減は難しいが、彼が決めたかのような結果にしつつ、そう導くのは私なのだ。
この先、策士策に溺れることだけはないように気を付けようと思うが。


なので他人様に『いいなー!』と言われると心から、本当に心から
『馬鹿を言っちゃいけねぇよっ(ㅍ_ㅍ)』
と思う私なのである。





















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by ganbaru-okan | 2018-02-28 08:40 | 色々思う事 | Comments(2)

花子へ

思春期に入った花子は自然と父親と距離を取り始めた。

別に父親が嫌いなのではない。
二人でテレビを見たり何かの話題で盛り上がっていることも実は多い。

でも改めて考えるとパパとは何を喋ったらいいのかわからん、と言う。


自分の身に起こった出来事を私に話しながら
『パパには言わんといてな』
とも言うようになった。

まぁそんな時期だしね。
仕方ないよね。



だけどさ、花子よ。


実はパパは、全てを知ってるよ。
花子や太郎のことは、当然ママはパパに話をする。
当たり前だよ。パパとママは、花子の親だからね。

言わんといてなって言うたやん!って貴女は言うだろう。

勿論パパの耳には入れないこともある。
その事柄は、母としてちゃんと区別してるよ。


でもね。
忘れてはいけない。
忘れないでほしい。


花子はパパとママの宝物だ。
花子が大人になりかけている今でも、この先いつか花子がお母さんになったとしても、パパとママの宝物は花子なんだよ。

全部知っているのに敢えて花子には何も言わない。けれども誰よりも花子を気遣い案じている父親のこと、その父親の優しさを貴女はいつかわかってくれるだろうか。
パパはああ見えて、なかなか話のわかるお父さんなんだよ。


いつかわかってほしいなと母として心から願ってる。

パパもママも、心から貴女が大好きです。

















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by ganbaru-okan | 2018-02-27 12:30 | 花子のこと | Comments(4)

オッサン化

先日帰宅した太郎が何やら私を呼ぶ。
忙しかったので適当に返事をしながら相手をしていた。

が、さすがの太郎はしつこい。
《隣に来るまで許すまじ》
の勢いで私を呼び続ける。

あまりのしつこさに根負けし、太郎の隣に座った。

『…で?何よ?』

と聞くと太郎がキッパリ言ったのだ。


『テレビ、つけてくれ』


Σ(ŎдŎ|||)ノノ

いつもは大体
『テレビつけて!』
なのに、今日に限っていきなり
『つけてくれ』
って何っっΣ(ŎдŎ|||)ノノ

……一瞬の驚きの後、爆笑してしまった。

アンタは私の旦那かっ!(¯∇¯٥)



何かと笑わせてくれる太郎はもうすぐ16歳を迎える。
オッサン街道ばく進中のこの頃なのだ。




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by ganbaru-okan | 2018-02-25 09:35 | 思春期との闘い | Comments(4)

友へ……。

自分が張りつめている時に家族ではない誰かの顔を見た瞬間、何故か心から安堵し、思わず涙が流れてしまう経験をされたことはあるだろうか。

何て幸せなことなんだろうと思う。

日頃そんなに頻繁に連絡をとる訳ではない。
なのにその人は本当にいつも私の気持ちが聞こえているかのようなタイミングでさりげなく連絡をくれる。


私はこの数年間の間に人間の嫌な部分をこれでもかと見せられ、時には自暴自棄にもなり、時には今までの時間は何だったのか、と奈落の底に突き落とされるような出来事もあった。
なかなか時間も取れずそれまで密に過ごしていた人達とも疎遠になっていた。

だが人間不思議なもので悪縁を絶ち切った今、私の周りには私自身が数年の時を経た上で改めてやはり私にとって本当に大切な人なのだと気付けた人達が再び微笑みながら立ってくれている。

悪縁を絶ち切るとはそういう事なのかもしれない。 
本当に辛い修行だった。
我ながらよく頑張ったと思う。



その人の顔を見た瞬間に流れた涙で、私は自分が思う以上にいっぱいいっぱいだったのだと気付けた。

その人の眼差しが私の心を溶かしてくれた。

見守られている幸せ。

心配してくれる人がいる幸せ。

私は1人ではない、と思えた幸せ。


久しぶりに、本当に久しぶりに心が溶けた気がしている。


友よ。

ありがとうだけでは表現できないけれど。

ありがとう。本当にありがとう。

あなたが私を案じてくれているように、私もあなたを案じています。


あなたが居てくれて、良かった。


あなたが居てくれて、私は本当に幸せ。



いつか二人で温泉行こうね。













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by ganbaru-okan | 2018-02-24 19:10 | 色々思う事 | Comments(0)

難しいね…

見守るって大事だよね。

例えば親として我が子の色々な事を見守るしか出来ない事って意外と多いもんだなと思う。

もどかしいよねぇ、本当に。

我が子の何倍も生きてきた自分としては《~すればいいのに》
とか
《~を選択した方が楽なのに》
と思うけどそれは経験してきたからこそ言える事であって、いざその問題にどっぷりハマっている時は冷静に判断出来ないだろうし、大人と違い割り切る事が出来きれないのも子供だからなんだろうね。

詳細は省くのでよくわからん内容になってしまうことはご容赦頂きたいのだが。

見守るって簡単なようで本当に葛藤する、親の方がね。

色々な事と闘っている我が子を見ているのはやっぱり苦しいし。
ついつい、望まれもしないのに我が子にいらぬお節介もしたくなるものだ。

だけど、そんな時ほど実は親としての技量を試されているのだろうなとも思う。
人生良い時ばかりではないと一番知っているのは親だし。
闘う我が子を冷静に観察しつつも万が一転んだ時はすかさず一番良い方法で起こしてやらねばならない。

手を出しすぎてもいけない。
でも適切に手助けはしてやらなければいけない。

我が子が何かと闘っている時は親もやっぱりその何かと闘っている。


早く帰っておいで。
美味しいお菓子、用意して待ってるよ。










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by ganbaru-okan | 2018-02-23 14:25 | 色々思う事 | Comments(2)

何が正解?

人間年齢を重ねていくと予想もしなかった様々な事に対峙しなければならない。
別に対峙したい訳ではない。
したい訳ではないのに、次から次へと「予想もしなかった事」が降りかかってくる。

そんな時自分がどう動くのか。
どこを曲げずに突き進むのか。
「これだけは譲れない」部分は何か。

最近は私にそんな事を考えさせられる事ばかりが起きている。

頑張るよ。
頑張るけどさ(´-ω-`)

日頃太郎の荒れに「っか~~~~っ( `ー´)ノ」と腹立ち、精神的に煮詰まり、登校する姿に「1週間位泊まりで行ってきてくれりゃーいいのに」と本気で思う私であるが、昨日書いたように誰かの悪意が太郎に向けられた時に私は一瞬でスイッチが入る。
それは何故か。

結局のところが太郎の母親だから、に他ならない。

何だかんだ言いながら結局のところ私の根幹にあるのは子供たちである、という事だ。

これがまぁ当たり前なんだけど、やっぱり大変よね、育児って。
小さい頃はやれミルクだのオシメだの、熱が出ただの言葉が遅いだのと心配し、大きくなってくれば今度は色々な事で葛藤する我が子をハラハラしながら見守り、言葉を選びながら話をし、表情からいろいろな事を読み取ろうと努力する訳だ。

これを無給でやっているなんて、本当に素晴らしいよね。無給よ?無給。
本当に育児をしている皆に国民栄誉賞を差し上げたいくらいだ。


昨日は子供達の事でいろいろな人とお話をする事が重なった日だった。

太郎の事は、まぁいい(いいのか;笑)
彼の場合は話が複雑ではない。
彼の現状をしっかり理解して下さっている方とのお話なので私も身構えることなくお話ができた。

だが花子の事になるとそうはいなかい。
多感な年ごろの彼女の事を私も言葉を選びながら、尚且つこちらの主張が相手にきちんと伝わるようにお話しなければならない。

もう中学生になった娘に甘いんじゃないの?と言われるかもしれないが、甘くて結構。
私にとって一番大切な彼女の事だ。
言葉を選ぼうが神経をすり減らそうが、いくらでも話してやるぜとある種意気込みながら、でも反面本当にそれが正解か?と迷いながらお話させて貰った。
その事がどう出るのかはまだ分からない。分からないがこちらの気持ちを理解して下さりちゃんとしたお話が出来る相手で良かったとは思う。


昨日お話した中に花子が通う塾の先生もいた。
今どきは塾でも個人懇談をされる。

教育熱心ではない私なので最初はただただ言われることを聞いていたのだが。

先生は冬休みの花子の頑張りを褒め称え、素晴らしい素晴らしいと絶賛して下さる。
そして冬休み中に一年生のすべてをもう履修し復習も終えましたと鼻息荒く報告して下さった。
非常に違和感を抱えながらもそうですか、それは何よりです、と返事をしながら話を聞いていたのだが。

その会話の中で
「保護者の中には塾に行かせているから大丈夫だと勘違いされる方もおられるんですけど」
とある種
「今、花子さんの成績が上がらないのは塾のせいではないんですよ」的な言葉をポロリと言われた。
それを聞き逃さなかった私。

思わず
「すいません、ちょっといいでしょうか?」
と話を遮り

「たくさんお褒め頂いて恐縮なんですが。家で私と勉強しているとまだまだ【え?こんなところが?】と驚くようなところで引っ掛かります。本当に花子は1年生のすべてを理解出来ているんでしょうか?以前、一年生の最初の部分から一度きっちりと見直しをさせて頂けませんか?とお願いさせて頂いたんですが」

と聞いてみた。
途端に先生の顔色が変わり、ちょうど授業が終わった花子を呼びに行かれた。
先生は目の前に花子を座らせ、少し問題を解かせてみる。
意外な事に数学はほぼ出来た。だが英語がダメじゃん。

その結果を見て明らかに先生の顔に焦りが見える。
「分かっているはずではなかったのか」と非常に焦っておられた。
日頃授業をしているのはその先生ではない。
その先生はあくまでも「他の先生から報告を受けた花子像」しか知らないのだ。

「別にね、先生。塾だけに責任を押し付けようとしている訳ではないんです。親として彼女の勉強を見きれていない現状も重々承知しているんで。花子が塾で真面目に頑張っている事を聞いて安心したんですが、ただ、花子のこういう部分にも気付いて頂きたいなと思ったんです」

と言うと

「わかりました!じゃあこれからは~に関しては~してみて、~はこんな風にやってみよう」

と花子に向かって言っておられた。
そう、私の求めていた答えはそこにあったのだ。

抽象的な言葉で「このままいくと高校入試は~」と語られるより、具体的な言葉で「~を~してみよう」と提案された方が花子自身に響く。

言うまでもなく塾も商売だ。
商売である以上成績UPを謳い文句に生徒を集めているのなら、どんなケースにも真摯に対応して頂きたい。

私のその言葉が本当に正解だったのかはわからない。
だけどそれしか言えないし。

それにしても何だか本当に濃い一日だったよ(@_@)
この私が喋り疲れたくらいだ。
そんな日もあるんだな、人生には。





































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by ganbaru-okan | 2018-02-21 11:40 | 色々思う事 | Comments(4)

またかいっ!!( ಠдಠ )

太郎は目立つのだ。
身体も大きいし、声も大きいし、何より態度がデカい。
くれぐれも申し上げるが、遺伝ではない(……と思いたい)

彼はどこに行っても臆することなく

《THE・俺》

なのだ。

それは彼自身の性格によるところも大きいだろうし、勿論生まれてから今までの生活経験も大きく影響しているだろう。

私は彼に障害があるからこそ、それで良かったと思っている。

《THE・俺》

いかにも太郎らしいよ。



だが他の保護者から喋りまくる太郎を見て

《学校でこれやったら、家、大変やろ》

とご丁寧にも如何にも上から言われ、カッチーン(ㆆ_ㆆ)とした事は以前に書いた。


その保護者から今度は


《太郎君さぁ、前に学校でも荒れたりして大変やった時あるやん?あれ、もう治まったん?》


と、これまたご丁寧にも《大丈夫?》との優しさを全く含まない言葉で、表情からしてまたしても上から聞かれたのだ。

《いやぁ、そんな直ぐには…( ¯−¯٥)》

と言うと

《ま、そらそうやな!そんな直ぐには無理やわなぁー!大変やなぁ!》

と、意地悪な顔で言われた。


で、私は再度カッチーン( ಠдಠ ) 


前回を読んでおられない方にご説明すると、そこのお子さんは太郎とは全く違うタイプの障害をお持ちである。

だが私にはそんな事は全く関係ない。
小さな頃から皆一緒に成長してきた太郎の仲間だ。

だがその保護者にとってはそうではないのだろう。
何かと注目を集める(良いも悪いも:笑)太郎が目について仕方ないのだと思う。

妬みもハッキリと感じる。
羨みもハッキリと感じる。


だが、それがどうした( ಠдಠ ) 


子供のタイプが違う以上、横並びに比べようとするには無理がある事くらい分かるだろう。
それでも必死に太郎より(自分が気分的に)優位に立てるものを探しているのか。


だいたい優位ってなんだ!
目に見える何かが違うことが優位か!


そんな事をする前に我が子としっかり向き合えってんだ!
貴女の子供も毎日毎日頑張っているじゃないか!
そこを過大評価せず、ありのままを認めてやればいいじゃないか!
自分のフィルターを通さずに極めて冷静に認めてやればいいんじゃないのか!


…と心の中で思ったよ。
言わなかったけどな。


自分の不安をそんな形に変化させて言葉にする奴は大嫌いだ。

こっちの苦労も知らずに太郎を引き合いに出すな!

いいか!アンタの鼻くそみたいな自尊心の為に、金輪際太郎を引き合いに出すなよ!


分かったか!( ಠдಠ ) 




…あら皆様失礼(¯∇¯٥)

ちょっとストレス溜まってますのよ、わたくしったら♡



















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by ganbaru-okan | 2018-02-20 19:30 | 色々思う事 | Comments(0)

それはダメだよ

昔、まだ私がお母さんではなかった頃の事だ。
とても印象的な事があった。

とある縁から就学前の子供が集まる場所に行く機会があり、私は友達と一緒にそこを訪れた。
そこにはお母さんと一緒に集まってきた子供達がいた。

子供たちはそれぞれ楽しそうに遊び始める。

何人かが集まれば小さくても揉め事も起きる。
おもちゃの取り合いだったり、遊びに入れる・入れないだったり。
子供は子供同士の関わりの中から社会を学んで行く。
親の腕の中から一歩外に出ていき始めた子供の中には当然積極的な子もいれば消極的な子もいる。
人との関わりが上手な子もいれば、下手な子もいる。

一歩引いてそれを見ていると冷静に判断出来るが、私も含めて当の親は我が子をなかなか冷静には見れないものだ。
消極的な子の親は「なんでもっと積極的に遊んでくれないのか」と思うし、自己主張が激しい子の親は「何故もっと穏やかに遊べないのか」と我が子の姿を見ながらヤキモキするだろう。

そんな中、男の子同士で揉め事がおきた。
ぶつかってきた。謝ってくれない。仲間に入れてくれない。
あの子が持って行ったオモチャは僕のなのに。

その時、それを我が子に訴えられたお母さんがとった行動は
《我が子を抱きかかえ、『やり返しなさい!』と言いながら我が子を相手の子供にぶつけに行く》
事だったのだ。
そこに居た皆が一瞬虚をつかれた。
一瞬の後、相手のお母さんがすごい剣幕でそのお母さんに文句を言い始める(当たり前だ)
結局その場はとある人の介入で収まったのだけれど。

まだ母親ではなかった私はその場面からそのお母さんの気持ちまでは汲み取れなかったと記憶している。
だが、ずっと印象に残る出来事だった。


今になって振り返るとそのお母さんの気持ちも分からなくもない。
きっとそのお母さんは我が子の何かにずっと「何故そうなの」「どうして~出来ないの」とモヤモヤされていたんだろう。
育児にも疲れておられたのだと思う。
それがあの瞬間、思わずそんな行動に出てしまった原因だったのかもしれない。

わからなくもない。
目の前で意地悪をされて泣いている我が子を見てそうしてしまった気持ち。
モヤモヤを抱え日々をすごしておられた気持ち。
意地悪される我が子に「やり返しなさい!」と思う気持ち。

母であるからこそ、の言動だったのだと思う。


けどね。
やっぱりそれはダメだよと今の私は思うのだ。
突き詰めて考えれば根っこにある原因は「我が子が自分の思うような子供ではない」からなのでは?と思う。

じゃあ自分が思うような子供って、どんな子?

自分が思うような子供じゃなかったら、その子には良いところは全然ない?

理想の我が子像は皆にあるだろう。
私にもある。

けれどもそれは私にとっての理想であり、そこにそぐわない太郎や花子はダメなのかと聞かれたら「全くダメではない」と今なら言い切れる。

この「今なら」がミソだよね。
子供が小さい間は自分自身の気持ちに折り合いをつける事が難しいと思う。
我が子の出来なさにばかり目が行ってしまう時期もある。

けれど子供が大きくなってきていろいろな現実を目の当たりにしていくと「まぁ、こんなもんだ」と受け入れていける、というか受け入れざるを得ない。
でもその数年は葛藤するもんな。



あの時のあのお母さんとその子供は今頃どうしているかな。
もうとっくに成人されている。
お母さん自身があの頃の自分を振り返り「あの時はしんどかったなぁ」と今は穏やかに過ごされている事を願ってやまない。























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by ganbaru-okan | 2018-02-19 12:12 | 色々思う事 | Comments(2)

気付きだな

用事があり太郎の学校に足を運んだ時のことだ。

その時太郎は教室にはおらず、私は、教室で先生と過ごしている太郎の同級生の数人をボンヤリ見ていた。

他所様のお子さんは当然太郎とは障害の特性も生まれ持った性格も違うし、それぞれが自分の気持ちを伝える表現方法も異なる。

太郎のみを相手に闘う毎日を過ごす私には、他所様のお子さんのそんな姿がちょっと新鮮だった。

先生の言葉掛けに、もう全身全霊で拒否していたり、先生の呼び掛けを聞いているのにニヤニヤしながら自分が目指す目標に進んで行っていたり。

見ていて私も笑ってしまったのだけど。


不意に思った。

『太郎が荒れていると周りの子供たちは皆なんて良い子なんだと思うけど、きっとお母さん達にはそれぞれ違うしんどさがあるんだろうな…』


何を今更と思われるだろう。
当たり前の事だ。


でも自分自身に余裕がなくなると
《私のしんどさは皆には分からない》
と思ってしまう。
そんな時に学校でニコニコしている他所のお子さんを見たら、皆良い子にしか見えない。
私以外の皆、穏やかに子育てをしているように見える。

でもきっと現実はそうではないのだ。
それぞれがそれぞれの悩みの中で日々を過ごしているんだろうなと、自然に思ったのだ。

私のしんどさは皆には分からない。けれど皆のしんどさは私には分からない。

その中で他所様のお子さんが羨ましかったり妬んだりしてしまうことも仕方ないのかもしれない。

我が子だからこそ逃れられない現実もある。
障害があるなしに関わらず、親である以上それは皆それぞれにある。

生きるということは簡単なようでとても難しい。

次から次へと、よくもまぁこれだけと思うくらいに沢山の出来事が身に降りかかってくる。
もう嫌だ、もう逃げたいと思ってしまう瞬間も多々あったりする。

だけどそう思っていても否応なしにまた明日は来る。


時間だけは皆に平等に巡るんだよね。


自分が本当にしんどい時にも、もしかしたら誰かもこの瞬間同じような気持ちを抱えながら踏ん張っているのかも、と頭の片隅にいつも置いておきたいなと思った。




























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by ganbaru-okan | 2018-02-17 16:50 | 色々思う事 | Comments(2)