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カテゴリ:腰痛( 4 )

何だか気忙しいぞ(´ㅂ`;)

実は最近少しずつオペに向けての準備を進めている。
本当はトントン拍子に事が進めばいいのだが、如何せん我が家はそれまでに解決させておかないといけない事が多い。


先日は改めてのMRIを撮り、その後診察という1日だった。
そうなると本当に1日が長い( ๐_๐)

それにしても病院って何時来ても本当に人が多い。皆、何かしらの不調を抱えておられるのだなぁと思う。
反面、病院は丸儲けだ。


さて、MRI。
苦手な方もおられるとは聞くが、私に限っては全く大丈夫である。
あの閉塞感も、あの音も。

ただ一つ難点があるとすれば、今の私は寝ている姿勢すら辛い。
おまけにそこから起き上がるのも本当に辛い。
起き上がった後の動作もかなり辛い。
全てが困難であるという訳である。

だが仕方ない。
検査室の受付に行き、着替えを済ました時に気がついた。


あ、指輪…( ºωº )…


そう言えば先月来た時に《次は指輪は外してこなきゃならんな》と思っていたことを思い出した。すっかり忘れていた。
ずっとはめている指輪。
いや、もう外れないのだ(¯∇¯٥)

慌てて外そうと頑張ってみたが、これがもううんともすんとも外れない。
指が千切れるのではないかと思うくらい引っ張ってみても、当然外れない。

指が真っ赤になるくらい頑張ってみたが、もう仕方ない。
恐る恐る技師の方に聞いてみた。
《すいません、どうやっても指輪が外れません》
すると笑顔で
《無理なようであれば大丈夫ですよー》
と言われた。

なんだ。
大丈夫なのか。
それならそうと先に言ってくれればいいのに。後は自己責任ということだな。


その言葉にすっかり安心した私は、言われるがままMRIの台に乗った。
後はまな板の上の鯉だ。どうとでもしやがれ(ㅎωㅎ*)←それほどの事ではない。


例の機械音が鳴り始め、検査が始まる。



私は多分1分も経たない内に寝た(๑˃́ꇴ˂̀๑)
そして
《はい、okanさん!検査終了ですよー!》
と声が聞こえて目が覚めた。
いわゆる爆睡である。
さすが私。
何て幸せなお昼寝タイムか。

爆睡出来るのであれば検査もいいものだなと思う。


診察までに時間があったので院内を探検してみた。
前回は初めて行ったので、もう何が何やらさっぱりわからなかったからだ。

入院中一番大切になるであろう院内のコンビニも店内を隅から隅まで見た。
品揃えは重要なポイントであるし。

古いが広い病院なので探検するだけでもまぁまぁな暇潰しになった。


いよいよ色々なことが動き始める。
不安もあるが、痛みから解放される期待も大きい。

オペに至るまでの事はきっと退屈するであろう入院中に記録としてまとめようと思う。

その前に、いつまで仕事をするかを決めなければ。

何だか気忙しいこの頃である。
























by ganbaru-okan | 2019-05-18 10:40 | 腰痛 | Comments(2)

花子の言葉

母親というものは日頃は自分の事を後回しにしがちである。
いや、後回しにせざるを得ないと言う方が正しいな。
中には《あら、私は自分が一番よ》という方もおられるかもしれないが一般的ではないのでそこは割愛する。


我慢に我慢を重ねてきた腰の痛み。
オペを勧められたものの、私はこの先も薬で凌いでいこうと思っていた。
家の事情もある。
だが内心は《オペが出来たらいいのにな》と常に思いはしていた。
痛みは本当に辛い。痛みで目覚めずに朝までぐっすり寝たい。
けれどもそれに伴う色々なことを考えると、なかなか次の一歩は踏み出せなかった。  


けれど、ある頃から自然に
《やっぱり、オペをしよう。次に進まないと》
と思い始めた。
それには母が落ち着いていることも大きかった。

だがそうなると問題は太郎である。
その間太郎を預けなければいけない。
いつも思考はそこで止まる。

でもそこで立ち止まってはいけないのだ。
今、この勢いのある内に動かなければ。


ある夜、主人と色々話し合った。
さすが私一人で考えるよりもアイデアが出てきて幾つもの選択肢を提示してくれる。

話し合いを終え、もう寝ている太郎のおしめを替えた。
おしめを替えながら太郎を見ていて泣けてきた。

彼は何故自分が預けられるのかを理解してくれるだろうか。
その間、頑張ってくれるだろうか。


涙が乾かないまま部屋を出ると、花子と目が合う。花子が
《どうしたん?》
と聞く。
私はうまく答えられずに
《何でもないよ》
と言った。
花子は更に
《我慢せんでええから言ってみ?》
と優しく言う。

私が
《ママがさ、手術することで皆に迷惑かけるんやなぁと思うとな…》
と言うと、花子が


《あんな、ママ。考えてみて?
人間って皆誰かに迷惑かけながら生きてるんやで?子供もな、確かに子供なんやけど親の時間やお金を遣わせて迷惑かけてるやん?お年寄りだってそうやん?
動物もな、生きる為とはいえ他の何かを食べるやん?それも迷惑かけてる訳やん?
だからな、そんなん気にせんでいいねんて》

と言った。
そして


《ママの人生やで》


と言う。


花子には言わなかったが、私はその言葉に感動した。凄いな、花子。
本当に成長してくれたなぁと、しみじみと感動する。


花子のその言葉に背中を押され、オペをすることにした。
後は太郎の預け先が決まれば正式な日程が決定する。

なるべく二人の生活や学校に支障がないようにと考えると、結局夏休みの後半になりそうだが。

とりあえず先ず太郎の預け先問題をクリアしないと。

色々な不安はあるが、太郎を信用しよう。
預けている間、太郎なら頑張ってくれるはずだ。頑張れる子に育ててきたじゃないか。

何よりこの痛みから解放されるのだというそれだけを心の支えに、まだしばらく頑張るつもりである、



《ママの人生やで》



花子の言葉が胸に残る。
by ganbaru-okan | 2019-04-19 11:05 | 腰痛 | Comments(4)

私の腰②

ドクターからの提案とは《今の薬にもう一種類追加できる薬があります。逆に言えば、もうそれしかないです。ただ、この薬は鎮痛効果は高いものの成分の半分は麻薬で副作用が顕著です。…どうしますか?》

…どうしますか?って、どうしましょう(¯∇¯٥)

とりあえず一旦保留にして病院を後にした。
副作用が顕著と言われるとやはり及び腰になる。
だが痛みがなくなると思えば飲んでみたいのも正直なところだ。

私は帰宅してきた花子に相談してみた。
本来なら旦那に相談が先なのは重々承知だが、まだ帰ってきてなかったの(¯∇¯٥)

一連の説明をした私に花子が言った。

《何でかわからんけど、その薬はやめといて。何かわからんけどあかん気がする》

だが痛みがなくなることがどうしても手放せない私はちょっと抵抗してみる。

《でもな、ママが楽になるんやで?痛くなくなるんやで?》

と言っても答えは否だった。
そして言う。
《パパにも聞いてみて。絶対同じ答えやから》

…えー…( *ω* )

次は帰宅した主人を捕まえて同じように説明してみる。

主人の答えも《…いやぁ…やめといた方がいいような気がするけどなぁ…》だった。

そうか。父娘同じ答えか。




…じゃあこっそり貰っちゃおー(๑˃́ꇴ˂̀๑)



じゃあ何故二人に聞いたのか。
まぁ一応ね。一応。


で、こっそり貰ったその薬をいよいよ飲んでみた。
先ずは寝る前に。
如何せん寝てるので副作用はわからなかった。だが起床後ふらつきと多少のムカつきがあった。
《ま、これぐらいなら余裕?》
と思い、調子に乗った私は朝食後の分も迷わず服用した。



これがまぁ大失敗(´•̥ω•̥`)


いやもう本気で死ぬかと思いました。
母に《あんた顔色悪いで。休んだら?》と言われながらも当日欠勤をしたくなかった。会社への道中、以前テレビで見た脱法ハーブで事故を起こし口から泡を吹いていた人の顔が浮かぶ。
私はああはなるまいと気を引き締めながら運転し、会社に到着。
だが次第にめまいと吐き気が強くなり冷や汗まで出てきたので、まさかの会社の駐車場から欠勤の連絡を入れる事態になった。
そのまま帰宅し気を失ったように寝て、夕方に目覚めた時は随分と気分が楽になっていた。


それから間もなく帰宅した花子に
《いや実は今日さぁ…》
と私の身に起こった出来事を話すと

《だから言うたやんっ(*`Д´*)
日常生活が送れなくなるような薬は今すぐやめてやっ(*`Д´*)
だいたい最初から花子は反対したやろっ(*`Д´*)》

と、非常に叱られました。
どうもすいません。

結局薬が抜けたのは夜だった。
余談だが、気持ち悪くて朝から何も食べていなかったので、薬が抜けると同時に少し空腹も覚え、ちゃんと食べることもできた。
主人に《全然食欲なかったからさぁ、あのまま3日くらい薬飲んだらめっちゃ痩せれるやん♪と思ったー》と言うと叱られました(¯∇¯٥)

だが。
その間、悔しいくらいに痛みが引いていたのも事実なのだ。
それを思うと重ね重ね残念だ。


そんな訳で期待したその薬は私には合わなかった。
本当に薬って怖いなぁとも思う。


でも今の私はやはり薬に頼って生活している。
腰というか、この酷い坐骨神経痛はやはりオペをしないとマシにはならないだろうと分かってもいる。

でも。

本当に痛みが酷くて調子が悪かった時、私の頭の中ではずっと
《このままでは、太郎を手放さなければならなくなる》
という焦りがあった。どうしようもない焦りだった。
本当に危機感を覚えていた。

オペをしたりその後の入院中、太郎君はどこかの施設に預ければいいよ、と言われる度に
《太郎を手放さなければならないのか》と思っていた。

厳密には期間限定だから手放すということではない。
でも、私の中ではその数ヶ月を施設で過ごす太郎の姿が思い浮かび、私がちょっと耐えられないなと思っていた。

なんだかんだ言いながら、やっぱり太郎は可愛い。
いずれは何処かでお世話にならなければいけないことも分かっている。
でもまだ早くない?
今じゃないような気がする。
結局のところ、私が太郎から離れられないということなのだ。


そんな母の焦りを知ってか知らずか、太郎は元気。
ニコニコと沢山喋り、沢山笑っている。

そんな太郎を見ながら、私はこの子をいつか手放すのだなぁと何とも言えない気持ちにもなる。


身障児をお持ちのお母さん。
毎日毎日の我が子の介助、本当にお疲れ様です。
致し方ないとはいえ、御自分の身体は本当に大切にして下さい。


私の心からのお願いです。







by ganbaru-okan | 2018-10-16 11:10 | 腰痛 | Comments(4)

私の腰①

私は元々腰がネックだった。
若い頃、何度もぎっくり腰にもなったし。
でもまぁ若さは全てを覆す程のパワーがある。なのでたまに腰痛はありながらも、のほほんと過ごしてきた。

太郎が生まれて必然的に何をするにも抱っこの生活。
右手に太郎、左手に花子を抱いていた時もあるし、何よりもう太郎の生活は全てに抱っこが必要だった。

太郎がまだ療育園に通っていた頃、あまりにも痛みが増してきて病院に行き下された診断は案の定、椎間板ヘルニアだった。
しかも2ヵ所。

《なるべく重い物は持たないように》

と言われるが、何せ太郎がいるのでそうは言っても……と途方に暮れる。

ただ、まだ私は若かった。
痛みにも波があるので、痛い時は耐えたり整体に行きながらながら何とかやり過ごしてきたのだ。

その後介護の仕事を始めた。
それと共に太郎はぐんぐん重くなってきた。
仕事でも私生活でも腰を酷使した結果、ある日いきなり起き上がる時に悶絶する程の痛みに襲われた。
寝てる姿勢から大袈裟ではなく、もう泣きながらじゃないと座れなくなったのだ。
今までとは明らかに違うその痛みに、はっきりと恐怖を感じる。
仕事もあるし、何より太郎が居る。どちらも休めないから。
それと共に普通に歩けなくなった。カックンカックンと独特な歩き方になった。

ただ、そうなってから私が実際に病院に行けたのは数ヶ月後。
色々と事情が重なり自分の病院どころではなかったのだ。
でもずっと切望していたよ、病院を。

やっとの思いで病院に行き、診察室に入って初めて会うドクターは物腰の柔らかい、それでいて《僕もヘルニアで苦しみました》とこちらの気持ちを汲んで下さる人だった。
そしてレントゲンやMRIを撮り、《思った通りでした》と以前にも書いた椎間板ヘルニアの成れの果てと言われた。
病名で言うと脊柱菅狭窄症である。
高齢者に多いのだそうだ。

MRIの画像を見ながらドクターが
《もう十分オペの対象ではあるものの、オペは最終手段にして出来ることからやっていきましょう》
と穏やかに言う。

先ずは服薬から開始となった。

有名な(…か、どうかは知らない:笑)リリカという薬を飲み始めた。

この薬、今までの痛みを思うと私にとれば
《ありがとう( ´•̥ω•̥` )リリカっ♡》
と叫びたくなる程の救世主になる。
日中の痛みは格段にましになった。
リリカを飲み始めて数ヶ月。もはやリリカなしの生活なんて考えらない程だ。


だがしかし。
夜中はやはり痛みで目が覚めてしまう。
寝ている間は身体を動かさないので固まってしまうのだろう。
診察時にそれを伝えるとドクターからの提案があった。


長くなるので続きます。












by ganbaru-okan | 2018-10-16 11:05 | 腰痛 | Comments(2)