カテゴリ:息子・太郎のこと( 61 )

まだ花子が保育所に通っていた頃のことだ。

その日、何かの都合で太郎を連れてのお迎えだった。
その時多分車椅子を車に積んであったが、車椅子を降ろして太郎を乗せるという作業が面倒だったので私は太郎を抱いて保育所に入った。

その時すれ違った名前も知らないお母さんが太郎に
《お兄ちゃんやのに抱っこしてもらって。甘えてんのー?》
と言った。

太郎が歩けないことを知らない人から見ればそりゃそうだわなと思ったものの、決して甘えている訳ではなくこうしなければならないんですよ、と説明するのも面倒で私は笑ってやり過ごした。

そんな小さな言葉が棘のように刺さる時期がある。
特にまだ障害を持つ我が子が幼い内は。

それは親として障害を認めていないというより、まだ色々な現実をきちんと飲み込むことも、そしてそれにどう立ち向かえばいいのかもがわからないからだと思う。

以前にも書いたと思うが、太郎が普通のベビーカーからいわゆるバギーに初めて乗り換える時、私には正直葛藤があった。
何が嫌だったのか。

【これで誰がどう見ても太郎は障害児として見られてしまう】

ということだった。

勿論その時の太郎にはもうベビーカーは小さかったし、年齢的にももう乗り換えるべきだったので私はバギーを注文したのだ。
だけれども、だ。
だけれども、誰がどう見ても障害のある子になってしまうということが嫌でもあり、どこかでやはり怖かった。

そういう自分を今思い返したら、きっとまだまだ私は太郎の障害を受け入れてはいなかったし、どう立ち向かうべきなのかも分からなかったのだと思う。
当たり前だが理想と現実との狭間で葛藤していた時期だった。

母は強くなければ、と言われるが、母だって元から母だった訳ではない。
何故うちの子が…と思うし、健康な子を見ると余計に何故うちの子だけが…とも思う。


色々な意見はあると思う。

けれども私は正直未だに「せめて太郎が歩いてくれたらなぁ」と思ってしまう瞬間がある。
知的な遅れとか癲癇とかそこらへんはあまり思わないが、彼が自分で移動出来る子だったらなぁと叶わぬ願いはやっぱりある。

例えば誰かから健康なお子さんの「うちの子、本当に~だから困っちゃう」という愚痴を聞くと


「でも、自分でトイレに行ったり、友達と遊んだり喧嘩したり。自分で自分の生活を選択できるって、本当はそれだけで十分なんだよ?」


と意地悪な気持ちにもなってしまう。
そこを人間が出来ていないと思われても結構だ。

けれどもそんな事を言うと

「確かに大変だとは思うけど、私の子と貴女の障害児の子育てとは違うわよ」

と思われてしまうのも胸糞悪いな、とかいう気持ちにもなるので言わないけど。
別に強がりではない。

確かに誰しも我が子には、我が子だからこそあれやこれやと期待し望んでしまうのも当たり前なのだが。

ただ、元気に生まれてきてくれたことに感謝してあげて欲しいのだ。
子供が元気に生まれてくるって、本当に奇跡だと思う。

ほらやっぱり強がりじゃないかと改めて思われたかもしれない。
まぁそう思うのもその人の勝手なので、これ以上は言わないことにするけど。



私の場合はそれが歩行だけれど、お子さんの状態によってはそれがもっと生命に密着するような事柄である人も多いと思う。
母も人間である以上そこんとこの本音は表に出さないだけで、皆心のどこかに必ずあるのではないだろうか。

太郎が大きくなるにつれてそんな本音を話すことも少なくなってきた。
【太郎が歩けないこと】はもう当たり前だよね?という周囲の空気が私を黙らせる。
別に歩行が出来なくても太郎は太郎。
当然、それも分かってもいる。
けれども人間、全てのことをそんなにスッパリと割りきれるものでもなかろう。

ローマは1日にしてならず。
母も1日にしてならず。

この気持ちは私が墓場まで抱えて持ってゆく事柄の一つであるのは間違いないと思っている。

























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by ganbaru-okan | 2018-11-10 09:00 | 息子・太郎のこと | Comments(10)

七夕に…

考えてみれば今日は七夕だ。
本当に生憎の天気だね。

太郎と花子が小さかった頃は季節の行事を大切にしていたなと思う。
七夕もちゃんと笹飾りをしたし、二人と一緒に短冊も書いていたのに。
そういう事をいつの間にしなくなったんだろう。
子供たちが大きくなってきても季節の行事を大切にされているご家庭もあるだろうと思うと、つくづく自分のいい加減さが身にしみる(¯∇¯٥)

太郎がまだ小学生だった頃のことだ。
夕方二人を学童に迎えに行き、帰りはグランドを通る。
その時グランドでは少年サッカーチームが練習をしていた。
私はぼんやりとそれを眺めながら太郎の車椅子を押し、ランドセルを放り投げてうんていで遊ぶ花子を見守っていた。

太郎もサッカーを見ていた。
そして手を伸ばしながら 
《たっくんも!》
《たっくんも!》

《自分もサッカーをする!》
と言う。


さすがの私も不意討ちで発せられる言葉には弱い。


何とも言えない気持ちになりながら

《太郎も、サッカーしたいな》

と言うと

《うん》

と言う。

無邪気に遊んでいた花子はそれを聞いて
《たっくんも出来たらいいのにな!》
と笑っていたのを覚えている。
花子はまだまだ無邪気な低学年だった。

《太郎もサッカー出来るように考えような》

とだけ言って、私はその話を終えた。

でもその後車に戻るまで、私は太郎の車椅子を押しながら、ずっと太郎を見ていた。
太郎の後ろ姿を、ただただ見ていたのだ。

そんな思い出の季節は、ちょうど今頃だったと記憶している。

未だに思い出すと何だか胸が痛い。
上手く言えないが、胸が痛い。























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by ganbaru-okan | 2018-07-07 19:20 | 息子・太郎のこと | Comments(0)

夢だった

ネットなどでハンデを持つ我が子のことを、もう可愛くて可愛くてたまらんと《私の天使ちゃん♡》的な表現で書いている人を見かける度に
《そうかそうか♡可愛いのだね♡》
と、ちょっと微笑ましくなる。
けれども同時に
《私にもそんな時代があったよなぁ》
と懐かしく、そして少し切なくもなる。

太郎がまだまだ可愛い声で肌もつるんつるんで、当然色々とモサモサではなかったあの頃。

服のサイズが90センチとか、今から思えば夢のようだ。

我が子を胸に抱き、その柔らかい身体に触れ、正に幸せの塊だったようなあの時代。


障害を告知されてからしばらくの間、私にとって周りの景色は違って見えた。
まぁそれも当たり前だ。

太郎が脳性麻痺だ、ウエスト症候群だと告げられる度に私が当たり前に思い描いていた数々のことはガラガラと音を立てて崩れていった。

今から思えば、崩れていったように思えただけなのかもしれない。
方向さえ変えてしまえば実現出来ることもある。


まだ太郎が小さかった頃、ヨチヨチ歩きのお子さんと、その小さな手を繋ぐお母さん、もしくはお父さんの姿を目にする度にとても悲しかった。
実現出来ない夢だったからだ。

花子が歩き始め、手を繋いだ時に
《太郎ともこうやって手を繋ぎたかったな…》
と痛切に思った。
私にとって、太郎と手を繋いで歩くことは夢だった。

それからしばらくして、家族で出掛けた時。
主人が太郎の車椅子を押し、私は花子と手を繋いでいた。
その時に太郎と目が合い、
《太郎、ママとおてて繋ごう》
と声をかけると、太郎が麻痺のない左手を出してきた。私は花子とは反対側の手で太郎とも手を繋ぐ。
 そんな光景を主人は後ろからちょっと微笑みながら見ていた。

現実的に太郎が歩けるようにはならないけれど、そんな風に夢は実現出来るのだと思った。

あの時のまだ小さかった太郎の手を忘れない。








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by ganbaru-okan | 2018-07-03 09:25 | 息子・太郎のこと | Comments(2)

選択ばかりだね

先日太郎のレントゲンを撮る機会があった。
定期的に整形診察で撮ってはいるものの、前回と比べてみても太郎の背骨は更に大きく曲がっていた。


側彎だ。


身体障害を持つ子供たちは身体の成長に伴い色々な二次障害が出てくる。
太郎の場合は側彎が顕著だ。

その日は二枚のレントゲン写真を撮った。
一枚は寝転び、一枚は座位で。


一枚目の写真を見た時に思わず

『これ身体は真っ直ぐにした上で、この(側彎の)角度ですか?』

と聞いてしまった。

太郎は私達のように身体を真っ直ぐにしてじっとしろと言われても出来ない。
少し身体の歪みがあるまま撮影してしまうことも多々ある。

それにしても、だった。
それにしても、ちょっと驚いたのだ。

いずれオペを言われるとは思うけどなるべくなら太郎の身体にはメスを入れたくはない、と思ってきた。
この先出来る限りオペをせずにやっていきたい、と思ってもいる。


けれど目の前のレントゲン写真が、私に現実を突き付けてくる。

この状態の太郎にとってこの先本当に必要な事な何なのだ。
この先この状態が改善してゆくのか。


毎回整形診察の日は

『今日(オペを)勧められるか』
『もしかしたら次回か』

とちょっと緊張しながら挑む。


勿論太郎自身がオペを望む訳ではない。
判断は親の役割だ。

しばらくレントゲン写真から目をそらせなかった。

また一つ、現実と向き合わなければならない。

今すぐにという事ではないにしろ、いずれ必ず選択を迫られる。

生きるとは本当に選択の連続だなぁとつくづく思う。
ため息をつきながら、また日々が過ぎて行く。











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by ganbaru-okan | 2018-03-02 14:34 | 息子・太郎のこと | Comments(0)

うーん…( ¯−¯٥)

先日、太郎の薬を貰いに大学病院に行った。
太郎は連れて行かず、その日たまたま早く帰ってきていた花子を連れて…というか、花子が一緒に行くと言うので花子と二人で行ったのだ。

全くの余談だが、太郎を連れて行くと本当に私の気力体力が大変なのだが、花子ならその辺は全く大変ではない。
だが、逆になにかとお金がかかる(¯∇¯٥)

先ず昼食どうする?の質問に

《マクド(๑˃́ꇴ˂̀๑)》

念願叶い昼食を終えると

《時間かかるんやろ?本買ってー(๑˃́ꇴ˂̀๑)》

診察を済ませ薬を待っている間(二時間かかる)に

《さっきちょっとお洒落な店あったやん!お茶しよーやー(๑˃́ꇴ˂̀๑)》

……(ŎдŎ;)

まぁ、したけど。お茶。
オサレなカフェでオサレなケーキセットをご注文され、食べる前にはすかさず写真だよ(ŎдŎ;)
女子高生か。
だいたい昼食にマクドとか、ばばあな私にはもう辛いのだ(´×ω×`)

…長くなったが本題に。

その受診で太郎の薬がまた一つ増えた。
太郎は日常的に発作があるし、正直ちょっとキツメの発作も出ている。
だがそれは今に始まったことでもない。
主治医もその辺は承知されている。

実は前々回くらいから
《てんかんに効く新しい薬が出てるから、また試してみてもいいかな》
と言われていた。

言われていただけなので、私は
『……あぁ、そうなんですか……』
と答えるしかない。

だが今回は

『新しい薬、試してみよう』

と言われた。

思わず
《その薬で(やっとちょっとおさまってきた)イライラが誘発されませんか?》
と聞く(以前、そのような薬があった)と
《眠気か強くなるけど、その辺は大丈夫》
との返事。
しつこく聞いてみる。

『いや、でも万が一そうなった時は?』

と言うと

『その時点で飲ませるのをやめて貰っていいよ』

とのことだった。

私は太郎の主治医には信頼をおいている。

もう10年以上前だが、初めて太郎を見た瞬間に
《この子、視力大丈夫?》
と、それまで誰一人(多数の医者と呼ばれる人も含む)見抜けなかった太郎の弱視を見抜き、医療に繋げてくれたドクターだ。

そしてここは大学病院。
おまけに太郎は小児慢性特定疾患患者でもある。
色々な意味で新薬を、と言われるのは仕方のないことだ。

その薬で発作が落ち着いてきたら今飲んでる薬の中の~を減量していこうか、とも言われた。

私は太郎に新しい薬を飲ませ始める時はやはりちょっと身構える。
どんな風に効くのか、太郎自身に何か変化が起きないか。
いつも以上に注意深く見守るのだ。

今のところ、やはり眠気はちょっと強くなってるかな?とは思う。
今日は私が仕事だったので1日中太郎を観察していた訳ではないが、昨夜は気になる程出ていた発作は見られなかった。
ただ、それは今日が休みで太郎が疲れていなかったからかもしれない。

まだまだしばらくは要注意。

色々な事を受け入れ、色々な事を自分に納得させ、色々な事をある意味どこかで諦めないといけない。

そんな事の連続だなぁ、とスヤスヤ眠る太郎の顔を見ながら思う夜だ。














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by ganbaru-okan | 2017-12-23 23:15 | 息子・太郎のこと | Comments(3)

そう言えば…

どうした!おかん!今日は連投か!

と思われたそこのアナタ。
ごめんなさいね。
今日の私はストレスマックスなんだ。
だからこれも私のちょっとしたストレス解消なのよ。許してね。

太郎の障害を告げられてから今までで一番落ち込み泣き崩れたのは言うまでもなく障害の告知だった。

では一番葛藤したのはいつだっただのろう。
多分、太郎がベビーカーからいわゆるバギーに乗り換える時、そして初めて装具を着ける時だったと思う。

誰もベビーカーに乗っている太郎が脳性麻痺だとは気付かない。
でもそれがバギーだと誰が見ても明らかに太郎は障害を持つ子になってしまう。

今でこそ《太郎よ、人生目立ってナンボだぜ》が私のポリシーになっているが(いや本当に:笑)その頃はとてもじゃないがそうは思えなかった。

そんな事を言うと
《そんな事を言うのは太郎君に失礼だ》
という意見をお持ちの方もおられるだろうが、太郎に対して失礼だろうが何だろうが素直な母親としての私の気持ちだったのだ。

日頃はヘラヘラしている私にもそんな時代はあった。
可愛いぜ、私。

太郎を15年(と半年:笑)育てた今だからこそ口に出せる気持ちがある。
今だからこそ笑い話にもできるのだ。

だから今のモヤモヤもきっと15年後には笑い話に出来る。
いや、絶対してやろうじゃないかっ(*`Д´*)

見てろよっ!!!
こんな事くらいで私は絶対負けねぇぞっ!!!!

…あらやだ( •̀ㅁ•́;)
なんだか皆様ごめんあそばせ☆











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by ganbaru-okan | 2017-11-03 22:20 | 息子・太郎のこと | Comments(0)

ありがとうございます。

お陰様で大騒ぎした太郎の足はまだ内出血は見られるがだいぶん回復してきた。
久しぶりに装具も履かせてみたが、そんなに痛がることもなくちょっと一安心だ。

今回の怪我で私がその原因を追究しなかったのには理由があった。
本来なら血眼になって探るだろう。なかなかの怪我だったし。
勿論母親としてモヤモヤした気持ちはある。
けれどそれを声を大にして言ったところでどうにもならないよな、と思っていた。

…ただ、そこはやはり私も人間。口には出さなくても脳内では色々考える。
そして多分この場面かな…と思うところはあった。
けれどこの目で見ていた訳でもないし、それを軽々しく口にしてしまうと誰かを追い詰めてしまうことになる。
決してそれが私の本意ではない。

だが。
多分この場面かな?と思う時に太郎と一緒に居た人が、その後私と顔を合わせた時に
《もしかしたら自分が一緒に遊んでた時に何かがあったのかもしれないこと・それに気付かなかったことに対する謝罪と、何かあればいつでも言って下さいとの言葉》
を言って下さった。

けれど私が
《原因なんてもうわからない話やからね。誰も悪くないです。それより、これからも太郎をよろしくお願いします》
と言うと、その人は

《太郎君が(その人の居る場所に)来なくなる日まで、自分は絶対太郎君と一緒に居ます。》
と私の目を見て言ってくれた。

口には出さなかったが、感動したよ。
真っ直ぐに私の目を見てそう言って下さったことと、太郎のことをきちんと考えて下さっていたということに。

そして同時に私は何だか自分を恥じたのだ。
最初の段階で少しでもその人とお話すれば良かったな。きちんとお話出来る人だったのに。



太郎は周りには、素敵な方々が沢山いて下さる。
本当に本当に、ありがとうございます。







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by ganbaru-okan | 2017-11-02 17:00 | 息子・太郎のこと | Comments(2)

スイカッ\( ˙▽˙ )/

元々太郎には『色』に興味をもって欲しいなと思っていた。
物の大小や数や形など色々と興味をもってくれたらいいなと思うものは沢山あるが、色の名前が分かったらちょっと楽しいし。

そう思ってはいたものの、格段それに対しての働きかけはしないまま今まで来たあたりが、さすがの私と言えよう。
子供に対しての細かいところが情熱的ではないのだ、結局。

その太郎が最近唐突に
『あか!』
『くろ!』
『きいろ!』
と言うことが増えてきた。
例えば自分の服を摘まみながら『あか!』とかね。
正解は黒だったので、残念なんだけど(¯―¯٥)

先日訪問リハビリの先生とのリハビリ中に、先生と太郎の会話が聞こえてきた(私は別室にいた)
先生が
『じゃあ、リンゴは?』
と聞くと太郎が
『あか!』
と答える。

ちょっとびっくりした。
その会話もだけど、太郎に対してその働きかけをして下さる先生の感性にびっくり&感動したのだ。

なので私もそこからは太郎と色の話をすることが多い。
『太郎、バナナは何色?』
『あか!』
……σ( ̄∇ ̄;)

実物を目の前にして話をするしている訳ではないので、なかなか難しい。
この際写真カードを作ろうかなと思っていた。
今日もそんな話を送迎で会ったデイの職員さんと話した後、不意に思い出した。

そう言えば太郎がまだ小さかった頃に、野菜や果物、食べ物の絵カード買ったよな?

早速探しだして太郎に見せてみると予想以上に大喜びだった。
カードを私は見せて
『これ何?』
『これは?』
と質問攻めだったよ。

その流れでバナナのカードを見せながら
『太郎、これ何?』
と聞いたら、奴は満面の笑顔でキッパリと言った。

『スイカッ!(≧艸≦)』

………(´・_・`)
まぁ先は長い。
これからは実物を見せ、触らせ、その場で食べさせる機会を増やそう。

そんな太郎に熟して本当に美味しいラ・フランスを食べさせたら、ちょっと考えて
『…もも?』
と聞いた。
本当に桃のような味がする美味しいラ・フランスだったので奴の味覚は確かだ。

太郎の味覚ととめどない食欲とコラボさせながら色のお勉強頑張ります(笑)





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by ganbaru-okan | 2017-10-31 22:30 | 息子・太郎のこと | Comments(4)

親離れ子離れ

オギャーと産まれたその日から何年もその成長を見守ってきた我が子。
その我が子が少しずつ親離れしていく様子を、嬉しいような寂しいような複雑な思いで見守っておられる方々は多いだろう。

花子の場合は自ずと自分の世界を作り上げ、もう既にある領域に私は立ち入らないことにしている。
思春期に入り、私が花子の全てを知っておかないといけない時代は過ぎたなと思うのだ。
まだまだ母親を必要とする部分も勿論あるし、そこには今までと同じく惜しみ無く愛情をかけていくけれども、彼女のプライバシーの部分に私から立ち入るつもりはない。

こうやって少しずつ子供は親離れしていくのだなぁ…と、最近はある種の感慨を抱きながら花子の姿を見ている。

では太郎はどうだろう。
正直なところ今まで頭では分かっていたし、そうしていかなければいけないとも思いながらここまで来た。
けれども何度も書くけど、頭では分かっている事は頭でしか分かっていなかったのだ、と気付いたのだ。

彼の人格を精神的にきちんと認め、ある一定の距離をとっていかないといけない、と本当に後れ馳せながらやっと気付けた。

赤ちゃんの時のように、そして今までしてきたように、いつまでも《可愛い可愛い太郎君》ではいけない。

例えば今回の足の怪我のように、彼が全ての出来事をペラペラと話してはくれない、話せないのだという部分に母親として切なさはある。
けれどそこにばかり目を向けてしまうと私はいつまでも今までの立ち位置からは動けなくなる。

《太郎とある一定の距離をとっていかないといけない》
言うは易し行うは如しだけれど。

今回、前述したレントゲン室での出来事が私の中での大きなきっかけになった。
もしかしたらそれを気付かせる為に神様は太郎に怪我をさせたのかもしれない。痛い思いをした太郎には申し訳ない話だけれど。

何かに気付かされる時は、必ず何かきっかけがある。

もしそれを見逃してしまったら、きちんと気付くまで何かが起こるのだ。

母親業は日々同じ事の繰り返しではないなと本当に思うし、子供の成長と共に自分も変わっていかなくてはいけないのだと本当に勉強になった。

私がこの先、今の気持ちを忘れてしまっていたらその時はどうぞ忠告して下さい。


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by ganbaru-okan | 2017-10-25 19:05 | 息子・太郎のこと | Comments(2)

ダメじゃん

帰宅した太郎の足を見ると、今朝は見られなかった皮下出血が指のところにも出ていた。

装具を履かせず靴で行かせているが、その靴のせいなのか。

ダメじゃん╭( °ㅂ°)╮

さぁまた受診か。
それとももう数日様子を見るべきか。

スケジュールを組み直さないと。
色々本当に悩ましい。

早く良くなれー(╥ω╥`)


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by ganbaru-okan | 2017-10-24 18:10 | 息子・太郎のこと | Comments(4)