きっといつの日にか。

久しぶりに太郎を連れての通院の日。

整形外科の受診では、半年に一度の診察前に必ずレントゲンがある。

成長と共に太郎の背骨は側彎が進行してきた。
今はもうTシャツの上からでもその湾曲がはっきりと分かる。

いつかは曲がった背骨を真っ直ぐにする為に太郎の身体にメスがいれられ、その背骨には金属が入るだろう。
でもなるべくオペは避けたい。
なるべくなら、太郎に痛い思いはさせたくない。

なので毎回、整形の受診の日はちょっと緊張しながら診察室に入る。

幸いにも今回のレントゲンでは1年前に撮影した時と側彎の角度は変わっていなかった。
ちょっとだけ、ホッとした。

けれど明らかに彼の身体は捻れが出てきた。
身体が大きくなった分だけ、どこかに歪みはくるのだ。

言われるかな、と思っていたがやはりドクターは
《レントゲンはあくまでも正面から写した写真でしかないので、身体の捻れまでは写らないし測れないです。今はオペをする・しないのギリギリのところです》
と言う。

早急にオペを、とは言われなかったがきっとその日はそんなに遠くないだろう。


今年の夏は本当に暑かった。
それに加えて精神的にも色々なことが重なったことで私は疲弊し、この先本当に季節は過ぎて行くのかと呆然としていた。

でも気が付けは秋はやってきた。

子供たちそれぞれにも少しずつ、成長という名の変化が見えてきている。

こうやって、いつの日か全てのことは思い出になるのだ。
今の私が心配するあれやこれやも、きっといつの日にかは。

診察室でドクターにご機嫌であれやこれやと話しかけている太郎を見ながら、そんなことを思った。










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Commented by m-kumatta at 2018-10-21 12:58
ありきたりな言葉ですが。
明けない夜は、ない。
止まない雨は、ない。
でも。
先のことだけを夢見て生きるのは、とても切なすぎるから。
私たちは夜の真っただ中でも、夜空を見上げ。
私たちは雨の中でも、共に手をとり踊る。
でもそれは、誤魔化しや、その場しのぎなんかじゃ決してなく。
そうやってその状況の中でできることを見出していくことこそが、私たちがそこに生きている証なのだと思います。
(すいません、少しかっこつけてしまいました<(_ _)>)
Commented by ganbaru-okan at 2018-10-21 16:53
> m-kumattaさん
そうなんですよね。

例えば太郎のあれこれは、やはり母としての切なさが伴ってしまうので先々を思うとちょっと凹んだりします。

ただ、いくら私が凹んでいても季節も変わるし、子供たちは大きくなっていくし。

頑張って踏ん張らなきゃいけないんですけどね…。

まぁここでこうして息抜きをしながらぼちぼち頑張ります。
いつもありがとうございます。
by ganbaru-okan | 2018-10-20 11:30 | 色々思う事 | Comments(2)