思考

まだ花子が3歳くらいだったと思う。
その日保育所にお迎えに行き車に乗った花子はすこぶる機嫌か悪かった。
私が気分を盛り上げようとあれやこれや質問しても、ぶっきらぼうに単語で返事をする。
しばらくは我慢した。
しばらくとは約2分くらいか。私は気が短いのだ。
その後おもむろに路肩に車を停め機嫌の悪い花子に『アンタに今日何があったのかは知らんけどやな。迎えに来てプリプリプリプリされる母の気持ちを考えなさい!何でそんな態度されなあかんのか、母が納得するように説明しなさい!』
……と言う内容を、もっとオラオラ言葉で言い放ったのだ。
オラオラ言葉の是非はこの際差し控えるが。
母がそうくるとは思わなかったであろう花子は案の定泣き出し、その日保育所であった嫌な出来事を話し出したのだ。
最初からそう言えばいいじゃん。そうすれば母に叱られる事もなかったのだ。

これ以降、私は花子にここぞと言う時は必ず『母が納得できるように説明しなさい』と言った。
私が納得出来ないことを通してやるつもりはないし、自分がどう思いその理由は何なのかを自分の口で話せなければ後々困るだろうという母心だ。深い。実に素晴らしい母だ。また自画自賛だ。

そんな風に育ってきた花子は最近、私の発言に対して『ママの言う事が納得出来ひん。花子が納得出来るように説明して!』と言いやがるようになった。自分が納得出来ないことに関してはしつこく私に食い下がるのだ。
まるで自分を見せられているようで何とも嫌な気分だ(;´д`)
でも反面、それで間違ってなかったなと思っている。

花子は内弁慶なので基本的に私と二人の時にしか素は見せない。
だからと言って外で良い子を演じてる訳ではない。外でもそんなに良い子ではないし、彼女は一見とてもクールに見える。でも実はとても繊細だ。言いたいことを全ては口にしない。
信じて貰えないかもしれないが、私にそっくりだと思う。いやほんとに。
だからこそ彼女の根底にその思考が根付いたことは母としてちょっと嬉しい。自分で考える、自分の気持ちを整理し口に出す場面は日常の中で今から訓練しておかないと、いきなりは無理だと思う。
これから大人になるにつれ納得出来ないことも増えてくるだろう。
だけど、納得出来ないなりにきちんと自分の中で社会や人間関係を考え、ある程度自分で消化していかなければいけない。
けれども誰か1人でも自分の中のモヤモヤする部分を話せる人がいればそれだけで人生だいぶ違ってくると思う。
今はその役目が私だけど、これからその相手が友達になったり、彼氏になったり、配偶者になったりしていくんだと思う。
そうなって欲しいなと願う母だ。

但し、この先もし彼女が理詰めで私に詰め寄ってきたら、その時はそれを上回る理詰めで攻めてやる。
まだまだ勝ちは譲らない。
人生経験では負けないし。
どっからでもかかってこい!だ。

私が勝ちを譲る時は、花子が立派に一人立ちした後と決めている。
それが親の役目だ。

それまで頑張るんだよ、母ちゃんは。
その時を想像するとちょっと切ないけどね。













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by ganbaru-okan | 2017-02-05 22:03 | 花子のこと | Comments(0)