発達

人間、オギャーと生まれた時からいわゆる『発達段階』を踏んで大人になっていく。
オギャーと生まれた次の瞬間に
『……いや~、それにしても外の世界てほんまに気持ちええもんやなぁ!なんや言うてもずっと狭いとこにおったから、もう身体中ガッチガチやで』
とは言わない。そんな赤ちゃん気持ち悪い。

太郎が小さい頃、定期的に『発達診断』なるものを受けていた。
客観的に太郎がどのくらい発達的に成長しているのかを診断してもらう訳だ。
障害のない子でも一歳半検診とかで積み木を積んだり色々させられたと思うが、あれである。

確かまだ3歳前に受けた診断の時に、診断してくれてる先生に対してまだ喋れなかった太郎が『あっ!あっ!』と目を輝かせてしきりにアピールしてた。
『先生!遊ぼ!遊んで!』って声が聞こえてきそうな顔だったな。
そしてその先生もこれまたいいリアクションをしてくれるもんだから、太郎がもうケラッケラ笑ってたのを覚えてる。
その時にその先生が
『お母さん!この子はここ(人に向かう気持ち)が伸びるで!大事にしたってや!』って私に言った。
今になってその先生の先見の明に感心するし尊敬もしている。
本当に太郎はそこが伸びた。
今なお人が好き、人とのコミュニケーションが大好きだ。

『発達』がそんな風にいい意味で使われる時と、あまりいい意味ではない風に使われる時がある。

例えば療育手帳の更新時の診断での事。
その日診断を待つ私達母子の前に現れたのは何とも覇気のなさそうな、まだ若い男性だった。
でも太郎はいっぱいその男性に向かって色々と喋りかけたりしてた。ほら、人が好きだし。
……だけど、母の居る前でもその男性は太郎にはニコリともせず淡々と私に『じゃあお母さんは外で待ってて下さい』とだけ言い、これまた淡々と車イスを押して部屋に入って行った。その間、その人は太郎の言葉には何の反応もしなかったんだ。太郎のちょっと仲良くなろうぜアピールはスッパリ、バッサリ断ち切られた訳だ。
そうなるともう結果は見えているじゃないか。太郎にしてみたら、あれやこれやとやらされる事に気持ちは向かなかっただろう。取っ掛かりの部分で躓いた訳だから。
案の定二人が出て来た時の太郎の顔は無表情だった。
後に結果を告げられた時に日頃なら頑張れる事すら全くやってなかった、太郎。
まぁそりゃそうだ。
別に診断結果が良くなる事を望んでる訳じゃない。
生涯今のA判定のままで何の問題もない。
だけど、その時だけは思ったわ、私。
『今日出された診断結果は、今の太郎にとって何の意味もない』
そう、ないんだ、そんな結果には。
だって太郎は太郎だし。

発達の課題は『いつでも』『どこでも』『誰とでも』ちゃんとコンスタントに出来るようにならないといけない、と聞いた。
太郎の場合『いつでも』出来る事と『どこでも』は無理なことと『誰とでも』はやりたくないことがある。
凸凹なんだ、力が。
まぁ診断する以上、便宜上何かに当てはめないといけないから仕方ないことなんだけど。
だけど全てに於いて凸凹なく完璧な人間て本当はどのくらいいるんだろう、と思う。

最近一流と言われる大学に通いながら平気な顔をして女性に対して卑劣な犯罪をする奴等がいる。
知性や理性の欠片もない。
明らかに人間としての何かが欠落してるんじゃないのか。獣だよ、獣。
あんな奴等は果たして本当に『健常者』なのか。
一生懸命お勉強して、成績優秀と誉められ、一流大学に入って貴方は本当に自慢の息子だわ♪と言われたであろう奴等の末路があれなのだ。
親御さんも気の毒なことこの上ない。

『健常者』と『障害者』
どこで線引き出来るんだろう。
そんなニュースを見る度に思うこの頃

























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by ganbaru-okan | 2017-01-31 22:25 | 色々思う事