雜なんだよ

前述の通り、花子は4月から中学生になる。
太郎もややこしいが、花子も最近ややこしくなってきた。
ややこしい×2=母はほんとに大変なんだよ。ほら、闘いを挑まれたらついつい真剣に相手をしちゃうもんでね~(´ω`)

その花子がふとした瞬間に私に聞くのだ。
『なぁ、花子がさぁ太郎と同じ身体の状態やったらどうしてた?』

なんだなんだ、その返答如何によって母の愛情を測りたいのかと思ったりもするが、誠意を持って答えるよ。
『まぁそれならそれで生活していけばええしなぁ。今と別になぁんも変わらんのちゃう?』母の愛情を確認してニッコリ笑う花子。

『ただし、もし花子の身体がそうやったとしても、扱いは今の太郎と一緒やで?』と言うと(´・ω・`)←こんな顔になるんだ、花子(笑)
太郎の扱いと一緒だと言うことはイコール『障害があろうが、私は子供を(精神的に)丁寧には扱わんけどええよな?』と言う意味だからである。

勿論身体の状態によって色々と変わるだろうけど、私はもし太郎が今よりもっと身体が動かなかったとしても接し方は今のままだろうと思う。接し方とは彼とのコミュニケーションに於いて、だけど。

親子関係、どちらが上なのかはちゃんと理解してもらわないと困るじゃないか。

子供の顔色を見ながら傷つけないように、大切に大切に宝物のように育てるなんて私には到底無理な話だ。
一言で言えば『雜』なんだよなぁ。元々の性格が雜だから(笑)

何事でも懇切丁寧に1から10まで導いてやるなんて、まずしない。
できれば3くらいまで導いたらその後はもう自力で進めよ!って思う。
太郎にも花子にも。

私は全く記憶にないけど、花子が初めて一人で補助輪なしの自転車に乗れた次の日に『習い事、一人で自転車で行き!』って言ったんだそうだ。私。
『めっっちゃ怖かったんやで!』と何年も前の話を未だに言うもんな、花子(笑)私の記憶の中にはない話なので『絶対ウソや』と反論しても『ほんまやで!あり得へんやろ!』と言い返される始末。
本当だとしたら雜にも程があるが、でもそのお陰でスイスイ乗れたじゃないか、自転車。経験に勝るものなし。結果良ければ全て良しだ。

あ、関係ないけど風邪は気合いで治す!が家訓だ。私が勝手に決めたんだけど(´ω`)

子育ては雜くらいで丁度いいと思う。
何でもかんでも親の指示がないと出来ない、決められないなんてお互い後々困るじゃないか。

ただし、雜な私でも子育てで大切にしたい部分、譲れない部分はある。
そこがどのなのかはきっと分かる人には分かって貰える。
だから敢えて書かないけど。

私と親子になったのは、きっとお互いに意味がある。
まだまだ先は長いけど、二人がそこんとこにいつか気付いてくれたら嬉しいな。もし全く気付かなかったら悪いのは『雜だったから』だな、間違いなく(+_+)まぁそれも人生だ(笑)




















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by ganbaru-okan | 2017-01-29 22:02 | 色々思う事