再び思春期

くどいようだが思春期ネタを。

今は反抗期のない子供が増えているらしい。その子達にしてみれば反抗期って何?なのだろう。いやもうおばちゃん本当にビックリだわ、それ。親の言うことをずっと『うん、うん』と聞く子なんて有り得ない、私には。

自分自身、遠い昔に激しい反抗期を過ごした。
親と距離を置き、親の言う事に納得できず何故うちの親はこうなのかと思っていた。
周りの友達も大半がそうだったと記憶している。

専門的にも反抗期にはちゃんと意味があるらしい。
専門的な事を知りたい人は一度調べてみては?と思う。くれぐれも私には聞かないように。

太郎も含め、それがどんな子であってもその時期の親は疲弊するのだろう。
ある子は非行に走るかもしれない、ある子は自分の殻に閉じこもってしまうかもしれない。
女の子なら親に反抗し、家を飛び出した上に今流行のJKビジネスとかされちゃったら親は泣き暮らすしかない。
あのちっちゃい手で、ぷっくりした頬で、ほんとに愛らしかった我が子はどこへ?とそりゃうろたえるよ、親は。

だけどさ。
ある意味親を冷静に観察し、親の意のままには動かないその時期があるからこそ、その後本当の意味で親離れ出来るのだと思う、子どもは。
体面を気にする大人に嫌気もさすだろうし、社会の矛盾にも気付くだろう。いずれ自分もそこに身を投じなければならない苛立ちもあるかもしれない。
親以上に複雑なんだろうな、子供なりに。


遥か昔、そう原始時代。
その家族のお父さんは獲物を持ち帰り子供達に言ったのだ
『どうだ!お父さんは凄いだろう!こんな大きい獲物を取れる奴はなかなかいないぞ!』その言葉に『本当だね!お父さんて凄いね!自慢のパパだよ!』と目をキラキラさせて答えていた子供が、ある時期を境に『いや別に。それ位の獲物ならそんなに凄くはないで。俺でも捕れるわ、その位やったら』と言う。関西弁になるのかは別にして。
小さい頃は狩りの仕方を父親にまとわりついて教えて貰い、ネズミを一匹捕った時に自慢気に父親に見せに来ていたあの子が、だ。
成長し大人の身体になった子供はもう自分の力で易々と獲物を取ってくるのだ。
そして言う『こんなに大きい獲物を取れる奴は俺しかいない!』
だけど彼は小さい頃に家族の為に狩りをする父親を見ている。その記憶があるし、獲物を捕れる方法は父親から教えて貰ったのだ。
だから父親が狩りを出来なくなった時には自分が父親の分まで捕ってくるんだ。
大人として。
そうやってきっと脈々と子供から大人への道のりを繰り返してきたんだよ、人間て。


…………知らんけど。多分な。


反抗期がない子供。
育て易いだろうなぁと羨ましい気持ちもあるけど。
今の私には理想的でもある。
でもそれは『親にとっての理想』なんじゃかいのか。
子供がどこかの時点で親を超え、一人立ちして貰う為に子供自身が葛藤する時期はやっぱり必要なんじゃないのか。

生きる力は机上の空論では身に付かない。
もがき苦しんで、その先にやっと身に付いていくんだ。
子供だけじゃなく、大人もそうだけど。

反抗期の太郎を相手に闘いながら、そんなことも考えるよね。こうやって太郎は大人になるんだ!とか。もう自己暗示だ。
そうでも思わなきゃやってらんないもの、いやマジで(x_x)













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by ganbaru-okan | 2017-01-23 16:24 | 色々思う事